例外社会
著者がこれまで論じてきた社会・政治思想、文学から、昨今の格差、セキュリティ、テロリズムをめぐる議論をも縦横無尽に駆使し、21世紀の「例外社会」の形成過程を検証した大著。この「例外社会」とは、世界内戦(地球化された戦争)という例外状態を織り込んだ社会のこと。9.11同時多発テロ以降、例外社会化は急速に進んでいるというのが、著者の見立てである。9.11以降、国家による監視社会化が一挙に進み、市民もそれを進んで受け入れ、市民同士の相互監視も進行し、国家的監視と社会的監視の二重化という事態に至っているが、これこそ19世紀、20世紀とは異なる、社会の21世紀的なあり方なのである。
他のレビュアーの方も指摘されているように、あまりに多岐にわたる思想家、文学者、事件が扱われているためか、議論が錯綜しているように感じられ、読みやすい本とは到底言えない。また700頁を越える分量なので、笠井氏の評論文によほど慣れた人でもない限り、途中で投げ出したくなるのではないか。また、引用されている文章の解釈が恣意的に感じられる部分も少なくない。しかし、著者は研究者ではないので、それはそれでよしとすべきであろう。こういう本は、学問的な厳密さよりも、著者の思索そのものが何よりもが重要であるし、読者が思索するためのきっかけやヒントを得ることで満足すべきものだ。
文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)
普段は古本屋、時に神主、時に陰陽師の主人公・京極堂が活躍するシリーズ第1弾。
タイトルや表紙から、ホラーの類かと思う方もいるかもしれないが、
読んでいて怖くなってくる小説では無いので、そういうのを期待して読むと
ガッカリしてしまうので要注意。
後々の作品に比べて、まだそれぞれのキャラの良さが際立っていないが、
それでも間違いなく面白い。
少し分厚い本だけれども、全然飽きない。
それは、一見長ったらしく見える文章がこの作品にとって必要であり、また必要であることが
読者にとってもわかるからだろう(そう思わせるのがとても上手い)。
このシリーズは第2弾、第3弾・・・とドンドン面白い話が続いていき、それぞれ単体で読めないこともないではないが、やはりこのシリーズ第1弾から読んで行った方が後の作品を
楽しめるのは間違いないと思うので、興味を持った方はまずコレから読むことを
オススメします。
バイバイ、エンジェル (創元推理文庫)
初めて読む矢吹駆の登場作品でした。「不思議な日本人青年」とはいったいどんな探偵なんだろうと思いましたが、成程、確かにキ印じゃかたづけられない人物。意外にも好きになりました。
ただ、本格ミステリとしてはどうかと思いました。トリックはよくもまあ、考え付いたものだと感心させられましたが、それをカケルがどうやって解いたのかはさっぱり。カケルのいう現象学推理というものは、中盤あたりは面白かったものの謎解きの場面ではらしきものが全くなかった気がする。事件を構成する因子が多すぎて読者に解けるはずがないし、彼の推理には証拠のかけらもない。本格ものには見えません。
というわけで、ミステリとしては好印象を持ちませんでしたが、ラストの革命論はなかなか上手く出来てると思います。この部分がこの作品を他の凡百の新本格ミステリとは別格のものしています。あまり読者に好かれなさそうな人物を語り手にすえた理由も最後まで読んでわかりました。全体的に見てこれはラストに重点を置く作品でした。
ヘアピン・サーカス [DVD]
白熱デッドヒートと同時に購入。
同じ日本映画でもこれほど違うのかと思わせる良作です。
やはりスタッフ・キャストの車に対する思いが伝わってきます。
撮影技術としてはまぁ昔の映画というのを差し引いても、まずまず迫力は感じられます。
ヘンな早回しなどもなく、リアリティ重視なのがいいです。
主役の見崎氏も、役者は素人ということですが演技も上手くハードボイルドな雰囲気もあって適役ですね。
車好きなら見て損はないでしょう。
吸血鬼と精神分析
最初は、矢吹駆シリーズのレビューを書けることが何よ
りうれしかったのです。何しろ、前作『オイディプス症候群』
から9年ぶりの新作なのですから。でも読み終わった時の
満腹感は、これまでのシリーズ作ほどではなかったような
気がします。
本作の時期は明確にされていませんが、前作の時期か
ら数ケ月後の設定のようなので1978年前後なのでしょ
う。まず、わたしの中ではこの時代が既に陳旧化してしま
った、いやそれ以前にわたし自身が年を取ってしまったこ
とがあると思います。そのためか、矢吹とイリイチの対決も
イマイチ必然性を感じられなくなりました。ホロコーストの根
源に迫った『哲学者の密室』、思えばあれが本シリーズ(あ
るいはわたし自身)のピークだったのかもしれません。
ちょっとだけ内容にふれると、ラカンの精神分析をフェミニ
スト的視点から相対化してくれたのは小気味よかったです。
一方、題名にある吸血鬼と精神分析の対位は、最後まで
少し分かりにくいところがありました。
続編を準備中(『図書新聞』No3046 斎藤環氏との対談)
のようです。その際は、とりあえずもう少し中身を絞り込み
コンパクトにして、右肩下がりの体力となったわたしが読む
のを楽にしてください。