人の子イエス
イエスに出あった70数名の人びとの語りを通して彼の人間像を描き出した、1928年出版の英語作品。聖書の記述に基づいた伝記的フィクションである。彼に魅力され彼を尊崇する男女たちの視点から、その言葉と声の魅力や人間の病を治す技能や新しい秩序を打ち立てる力、時空を超えた圧倒的な存在感が伝えられるとともに、他方で、彼の敵対者によるバッシングや、彼によって家族を奪われてしまった者たちの怒りや哀しみもまた述べられている。後者に関しては、ユダの母による語りが非常に含蓄深い。
著者のジブラーンは、ベストセラー『預言者』(1923年)で知られるレバノン生まれのアメリカ詩人。人の発言や立ち居振る舞いや表情の背後にあるものの奥深さを修辞に富んだ美しい文章でつづり、多角的なイエス像を構築することに成功している。神学的に偶像化されることの全くない、だがただの人間ではありえないだろうと想像させるその人の面影が、リアルな語りのなかでとてつもなく鮮明に想起されるような印象があり、繰り返し味読に値するイエスの物語となっている。イエス伝に取材したミステリー小説『神の子の密室』の著者である小森健太朗氏による翻訳も申し分ない。古典的傑作。
探偵小説の論理学―ラッセル論理学とクイーン、笠井潔、西尾維新の探偵小説
作者の小森健太朗は創作では本格ミステリ界に着実な地歩を築き、翻訳家としても能力を発揮。
哲学・論理学・神秘思想に造詣が深い点を活かした評論活動も着実に成果を積み上げてきた。
その作者の満を持しての初評論集。
副題は「ラッセル論理学とクィーン、笠井潔、西尾維新の探偵小説」。
副題の通りに、第1部では探偵小説における“論理”を理解する上での前提となる、
ラッセルの論理哲学を初歩から考察する。
第2部では、クィーンの作品を中心に実際に探偵小説における“論理”と“ロゴスコード”論を展開。
ミステリの初心者にもわかりやすく、上級者の鑑賞にも十二分に耐える緻密な構成となっている。
第3部は、21世紀におけるミステリ及び読者の変容を西尾維新作品と“モナドロギー”を中心に解説。
この1冊で、探偵小説における“論理”の過去・現在・未来が展望できる構成になっている。
ミステリ評論に興味のある読者にはお勧めの書。
ネメシスの虐笑S (講談社BOX)
推理小説、翻訳、神秘思想研究、アニメ評論と様々な分野で活躍する著者が、
なんと今度は美少女ゲーム&ライトノベルに挑戦!
高校編の「ネメシスの虐笑 S」。
小説版では主に、鈴木大拙を愛読する神智学少女―衿橋美耶が
神智学、ヒンディー語、ミステリーと様々な広範囲に渡る知識を披露し、
主人公達の周りで起こる事件や謎を
解き明かしていきます。
そして、美少女ゲームのファンなら、
本書の、ヴァン・ダインとノックスの推理小説の戒律と
美少女ゲームを掛けた「美少女ゲームの戒律」の章は、うんうんと
頷いたり、クスリとくるものがあるでしょう。
そして、10章では、社会主義者として有名な幸徳秋水が、
実は神智学徒で、大逆事件もそのことと関わっていたのではないか、
という話題で盛り上がりを見せます。
高校卒業後の「ネメシスの虐笑 G」。
小説のミステリーは、1章ごとに事件や謎が解決する
短編型だったのですが、
ゲームでは、一人のグラフィッカーを巡った、長編ミステリーを
展開します。私はミステリーの部分に関しては、ゲームの方が
おもしろかったです。
私は小説の方もおもしろいと感じたのですが、
小説の方は、趣向が合う・合わないが分かれるところがあると思いますので、
小説を読んでみて面白いと感じたら、そのまま読み進め次にゲームをやり、
もし小説の方がいまいちピンとこないと感じたなら、先にゲームの方からプレイするのもいいかもしれません。
ゲームの方で過去話として小説に書かれた高校時代の話が出てきますが、
小説を読まなくても、ゲームをやる時に困るような事は無かったのでご安心ください。
エンディングは全部で4つあります。
初回プレイ時は選択肢が無く、決まった1つのエンディングに向かいます。
そして2回目プレイから、選択肢を選べるようになり、
残った3つのエンディングが解放されます。
時間は長すぎず、不足無くという感じです。
複雑な選択肢はなかったので、攻略にそこまで苦労することはないはずです。
全エンドを見たところ、ストーリー的に逢瀬菜名穂の攻略を最後に取っておくこと
をオススメします。菜名穂エンドが一番ボリュームがあり、
真エンドといえます。
ミステリーが好きな人にも、美少女ゲームが好きな人にも、
神智学が好きな人にも、これら全部が好きな人にも
楽しめる作品でした。
グルジェフの残影 (文春文庫)
ウスペンスキーを敬愛する青年主人公の視点から、ウスペンスキーとグルジェフの姿が描かれています。
「グルジェフの弟子の一人」という枠では収まりきれない、
ウスペンスキー自身の魅力が描かれた小説です。
それから、ロシア革命により荒廃していくロシアの様子の描写が鮮明でした。
グルジェフとロシア革命の意外な繋がり…。
何故ウスペンスキーは、グルジェフから離れたのか?それが解き明かされます。
彼らに関心があるなら、きっと楽しめるはずです。
しかし、ウスペンスキー、グルジェフの思想や生涯に全く興味がなく、
ミステリー目的だけで読まれると、期待が外れるかと思われます。
この小説の一番の関心事は、ウスペンスキーとグルジェフに関わる事だからです。
ミステリーの文量は非常に少ないですし、事件が起こるのも遅いです。
どちらかというと、事件部分はオマケに近い感じがしました。
私自身は殺人事件部分はウスペンスキーの物語のちょっとした休憩に近い印象を受け、悪くなかったです。
それに事件はしっかりと小説の内容と関連したもので、無理に入れたような不自然さはありません。
大相撲殺人事件 (文春文庫)
新本格ミステリの鬼才小森健太朗による唯一の短編集。
デビュー当初はメタ・フィクションの名手として鳴らした筆者は、近年スピリチュアル系の作品を上梓することが多かった。
この作品は一転して、アメリカから日本文化を学ぶために来日したマークを主人公に、
大相撲の世界を舞台に6つの奇妙な事件が勃発する。
従来の作風とは大きく異なり、ブラックユーモアが炸裂。
本場所の取組中に爆殺される力士。
入浴中に切り取られた力士の頭。
対戦相手が次々に殺され不戦勝が果てしなく続く主人公。
土俵開きの清めの儀式中に土俵上で殺される神官。
得意技の部位ごとに切り取られる手脚。
密室殺人が連続する謎の黒相撲館。
次々に展開する変格世界から抜け出すのはもう不可能。