田原坂―小説集・西南戦争 (文春文庫)
西南戦争で戦った薩摩隼人たちのドラマを集めた十篇の短編集。
私は、薩摩の猛将逸見十郎太と酌婦お蔦の「南風薩摩歌」、弟が駆け落ちした姉夫婦を敵とする「黄昏の丘」、
薩摩のボッケモンのユーモラスな失敗ばなし「兵児一代記」がおもしろかった。
十篇どれも西南戦争の部隊長や一兵士を主役としていて、いろんな角度からこの戦争の断片を切り取っている。
ほとんど負け戦の話だけども悲壮感やら薩摩隼人の勇敢さが見えた。
おじいさんから昔の戦さ話を聞かされているような感じがした。
加藤清正〈下〉 (文春文庫)
加藤清正がいかに素晴らしい人物だったかという事を伝えようとする海音寺さんの熱意が伝わってきます。
子供や小猿を可愛がる姿は読んでいてとても微笑ましいし、最後の最後まで、豊臣家を想う忠義の心と律儀な姿には涙が出そうになります。
素晴らし過ぎるぐらい素晴らしい人物として書かれています。
ゆえに、
加藤清正があまりにも「できた人間」として書かれ過ぎ。という印象を受けるかもしれません。
気になったのは、石田三成のことをかなり悪く書いている所。清正が主人公なので仕方ないのかもしれませんが、清正の気持ちで言うのではなく、海音寺さん本人の意見、または史実として 「石田はしぜん傲慢(ごうまん)になった」 などの表現はちょっとひっかかりました。
大谷吉継を 「石田の子分のようになっている連中」 と言ってしまうなど、石田三成に味方する者は全員「利」で動く者という感じで、著者は西軍が嫌いなのかな?という偏った表現が多数あります。
といっても徳川家康が「善」というわけではなく、あくまで清正が「善」!という感じで書かれています。
なので、清正に関しては本当によく書いてあるので、清正の事をよく知りたい人、武辺だけではない清正を見たい人、にはおすすめだと思います!
武将列伝 源平篇 (文春文庫)
海音寺潮五郎は、昔から好きな作家の一人である。西郷南州の人物に多少は近寄れたのも彼のおかげであったし(とはいえってもやはり相当の隔たりがあるのだが)、司馬遼太郎や山路愛山も手軽に読める物がなくなれば、やはり海音寺潮五郎に帰るほかないのである。
武将列伝もかなり昔に一度読んでいると思うが、手元に残っていないので、この新装版を買ってあらためて読んでみた。
源平編で扱われているのは、源氏から義平、頼朝、義仲、義経の4人と、平清盛、楠木正成の合計6人。義平の武者振り、清盛の出世、頼朝の不幸と異常、義仲の意地、義経の天才、正成の清白さがよく描かれている。
今回最も印象に残ったのは正成である。海音寺は、正成の清白さには、生来の性質だけでなく学問による修養と信念があったはずだとし、宋学の大義名分論に言及している。そして、正成は時勢を知りながらも節義のために死んだとし、「倫理というものは、往々にして時勢の流れと逆行することがあるが、それでも長い目で見れば、人生に寄与していることが少なくない」と述べている。正成がいたからこそ、幕末もあり得たのだろう。
読むに価する史伝人物伝であると思う。
(002)絆 (百年文庫)
ふと書店のコーナーでこのシリーズを見つけました。
これは、隠された名作をブーケのように組み合わせるという計画の全集らしいです。
本作は、題名の一文字、この場合は絆をテーマに、海音寺氏、アーサーコナンドイル氏、山本周五郎氏のという、
時代小説家、海外オールラウンド作家、時代小説家という、異色のサンドイッチです。
ドイル氏はさまれている…。とちょっと笑いながら手に取ってみたのですが…。
最初の一行の海音寺氏の文章の切れのよさ、ドイル氏の透明で美しい場面描写、山本周五郎氏の気合いのどんでん返し
に感動して、さっそく前言撤回しました。
その上装丁も、味があります。表紙見開きにある、三つの星になぞらえて、作家の方の名前の入った中表紙も素敵でした。
(私の思い違いかもしれませんが、これから文学に触れる人への北極星のような意味合いなのではないでしょうか。)
「絆」をテーマに視点を定め、そこから、人間の厳しさ、優しさ、そして一途さを、えぐる物語を一つづつ
各作家さんが紡がれています。
3作とも印象が強かったのですが、中でも異色なのは、アーサーコナンドイルの、切ない愛情の物語です。
アーサーコナンドイル氏は推理で有名ですが、それ以外の、冒険ものなどの作品のほうが、作者は好んでいたといわれます。
この中にある作品も、淡々として、客観の視線がさえて、その視線は時に優しい。
くさいセリフをいうなれば「運命と運命より強い絆の物語」でした。
本当に隠れた名作です。
新しい読書への扉となってくれるであろうシリーズです。