AIの世界を描いた『グラン・ヴァカンス』の続編というか、サイドストーリーを集めた中編集といったところか。
AIものっていろいろ出ているけど、彼の作品は本当にリアルだと思う。AIの議論を突き詰めていくと、きっと人間とは何かという問いに行き着く。
この本の中でも結論は出ていないが、それを考えさせるいい小説だった。
ちょいと癖あるひねた友人が、『面白いSFを読みたいんだけど』と聞いてきたら、わたしは迷わず本書を差し出す。(とっくに読んでいる可能性はあるけれど)
正直に言うと、わたし自身は文庫版にて初読したのだが、それはまるで、凄腕シェフの料理をついうっかり、赤字覚悟の大盤振る舞い、ランチのプリフィクス、しかもジーンズにセーター姿で味わってしまったような、情けなくも申し訳ない気持ちになる破目になった。ごめんなさいごめんなさい。今度は必ず、予約して正装で、ディナーをフルコースにて、最後のダイジェスティフまできちんと頂きますから、と。確かに、かっちりと組まれた長いながい活字世界であるのに、五感の総てを心地好く刺激してやまない端整華麗な文章は、読む行為そのものを、『うわっ、快感!』と叫ばせてしまう。ネタバレになるので詳細は書けないが、誰も来なくなったヴァーチャル・テーマパークの落日、そして…と最初のアミューズだけで心を持っていかれてしまうのだ。描かれている総ては、消され直され、撓めて伸ばし、研磨し尽され、と、丹精込めて仕上げられたプロット、血飛沫くほどの情熱で選び抜かれた表現であろうと思う。何が…書かれていても、さわさわさくさく、ふうわりとろり、と、甘くやさしく喉を滑ってゆくのだもの。決して歯に絡みついたり舌にざらついたりしない、手間と時間のかかった(いやほんとうに)逸品を、どうぞあなたも召し上がれ。
年端のゆかぬ子供が、『SFしょうせつってなあに』と聞いてきたら、この本にリボンを掛けて、こっそり枕元に置く日を想像しよう。そしてこう答えるのだ。ありふれた言葉だけれど。
『誰もみたこともきいたこともないせかいを、ものすごい想像力ととてつもない筆力で書いたほんのこと』と。
飛浩隆の作品は、繊細な残酷さに満ちている。ラギッド・ガールしかり、魔述師しかり。そして、この「グラン・ヴァカンス」しかり。そこに表現されているのは、仮想空間でのプログラムの操作にすぎないが、描かれた本質は、人間の心理であり、人間の危うさであり、人間の絶望と人間の悲哀だ。優れたフランスの文芸作品を鑑賞するように読み終えてしまった。
それは、ホラー小説の皮をかぶった恋愛小説であり、SF小説の形態をとった幻想文学。
ジュリーとジュールの二人の恋の行方。心の中に限りなく入り込むランゴーニを通して見える反転した世界。それはプログラミングされた人間の似姿だが、ひょっとするとわれわれ人間こそ、このAIたちの似姿ではないのか。そんなことを思わせる力がこの小説にはある。それに、この彫琢され磨き上げられた文体は、もっと評価されるべきだと思う。
読もうと思う人にはあまり参考にはならなかったと思うけども、わくわくするようなエンターテインメントに溢れた文学作品を求めている人にはうってつけだと思う。ぜひ、手にとって読んでほしい。読み終わると、まるで、自分の知り合いが一人、本当に息を引き取ったような静かな時間に出会うはずだ。
それは、めったにお目にかかれない稀有な書物である。
ロボット・AI研究者による研究発表は、思っていた以上にSFの世界が現実のものとなっており、驚きの連続であった。
冗談を交えながら一般の人々にも分かりやすい形でプレゼンされており、すんなりと理解できる内容だった。
SF作家による書き下ろしの短編小説は、これだけを読んでも十分面白い。
これが科学者の問いかけに対するアンサー・ノベルとなっているだけでなく、さらに科学者を刺激する内容にもなっている、
という見かたをすると、また違った面白さを感じることができる。
科学者により創造されたものが、作家の想像力を刺激し、その想像がさらに科学者を刺激する。
科学者と作家という異分野の人々が織りなす素晴らしき世界を味わえる稀有な一冊である。
ハードSFというよりは幻想味の強い4つの中短編を収録した一冊です。
表題作の「象(かたど)られた力」は、地球化が進められた惑星「百合洋(ゆりうみ)」が突然消滅。その背後には惑星独自の図形言語の謎が存在していると見られ、その解読がイコノグラファーのクドウ圓(ひとみ)に依頼される、という物語です。
豪華絢爛ともいうべき破壊描写と、しびれるほど甘美な暴力に満ち満ちた終盤は、言葉が織りなす力の奥深さをこれでもかと見せつけ、まさに圧巻というべき展開です。作者独特のこの物語世界は人間業とは思えないほど超絶的な想像力によって創りあげられていて、それを前にして私は目が眩み、果てには恍惚感すら味わいました。そして、森羅万象のめくるめく急激な変転を、無理なく一気に読ませるだけの豊潤な言葉を立て続けに繰り出す作者の力に、畏敬と憧憬の念を抱いたのです。
別の一編である「デュオ」は、ひとつの肉体を共有する双子の天才ピアニスト、デネスとクラウスのグラフェナウアー兄弟と、そのピアノ調律師として雇われたオガタ・イクオが主人公です。兄弟とかかわるうちにイクオが味わう不思議な体験の背後に、双子の隠された出自がある、という物語です。
兄弟が奏でる甘美な曲と、彼らの秘密とが、これまた研ぎ澄まされた言葉によって輪郭鮮やかに構築されていくさまは見事です。そしてまた、その纏綿(てんめん)とした謎がほどけたときに立ち現れる、作者の創造する天地のあまりの奇想ぶりに、私は軽い酩酊状態にも似た心地に陥ったのです。
2005年版「SFが読みたい」の国内作品第1位、第26回日本SF大賞、2005年星雲賞(日本短篇部門)と、数々の賞に輝く作品だけのことはあります。衝撃的な破壊力が言葉によって紡ぎ上げられる、まさにその現場を目の当たりにした高揚感を味わうことができる短編集です。
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