短篇集
私の好きなクラフト・エヴィング商會や小川洋子さんの作品が入っていて、編集が敬愛する柴田元幸さんとなると、それは必読書となるわけです、私の場合。
クラフト・エヴィング商會の作品はタイトルにやられました。『誰もが何か隠しごとを持っている、私と私の猿以外は』猿のぬいぐるみも私好みの顔立ちでした。
そして小川洋子さんの『物理の館物語』は圧巻。古びた洋館、極端な人嫌いの女、鼬の死骸。それらを使ってこんな静謐な空間を作り出すことができるのは、やはり職人芸です。
アンソロジーの良さは、これまで縁が無かった作家の作品に触れることができることだと思います。今回は歌人石川美南さんと小池昌代さんがおもしろかったので、お二人の他の作品もチェックするつもりです。
弦と響
東京駿河台のカザルスホールをモデルにしたと思われる。ホールの専属弦楽四重奏団の解散ラストコンサート。4人の奏者、その家族、かつての恋人、ホールのマネージャー、ステージマネージャー、タウン誌の記者、初めてコンサートを聴きに来た主婦など、それぞれの立場から、オムニバス形式で綴られる。有川浩の「阪急電車」にも似た手法である。
音楽についての表現は、本物である。音楽活動を多少なりともしている人には、大変共感できる作品であろう。特に弦楽器奏者には。
小さな劇場で朗読劇にしたらおもしろいと思う。
ことば汁
川上弘美氏や小川洋子氏の幾つかの作品と趣が近いな、というのが第一の印象。そしてそれは、当然のことながら否定的な意味ではない。そもそも、彼女たちと同じ次元で物を書けること自体が、とんでもないことなのだから(彼女たちがこの著者と同じ次元で書けることもまた、同義ではあるが)。『裁縫師』を初めて読んだ時の衝撃以来、このひとは私の中で常に気になる存在になった。そして今作もまた、素晴らしい作品が揃っている。なかでも『野うさぎ』は凄かった。ものを書けなくなった物書きが、森の中で老婆と出逢う・・・物語は起伏に富んでいるが、その流れ方は何とも個性的だ。現実と妄想のコントラストのつけ方が絶妙といおうか・・・おそらく、言葉に対する嗅覚のようなものが、このひとは優れているのだろう。そのうえで、感覚的に物語を綴っていく。たぶん、本当はものすごく構築的に考え抜かれているのだろうが、それを感じさせない夢のような物語・・・やはり、このひとはすごかった!!!
源氏物語九つの変奏 (新潮文庫)
9作品のうち、町田康と江國香織の作品が、素晴らしかったです(☆5つ)。
ストーリーは源氏物語に忠実でありながら、
独自の文体・視点によって、
登場人物が、より生き生きとしたものになっており、とても面白かったです。
この2作品を読めただけでも、買ってよかったと思いました。
桐野夏生、小池昌代の作品は、
登場人物の一人が後日、あの出来事を回想する、という形になっており、
現代語訳を読んだだけでは思い至らなかった部分に、思いを巡らせることができました。(☆4つ)
(たとえば私は、現代語訳を読んだ時点では、女三宮のことがあんまり好きではなかったのだけれど、
今回、桐野夏生の物語を読むことで、女三宮に同情的になりました。)
残り5作品のうち
3作品は、通常の現代語訳のように思われ、どこが斬新な解釈なのかよくわからなかったです。
登場人物の相関関係などを知らない場合には、読み終えるのがキツイかもしれません…。(☆2つ)
ほかの2作品は、源氏物語から、ストーリーも設定も全て変えられています。
源氏物語を離れた短編小説を読むつもりであれば、面白かったのかもしれませんが、
あくまでも源氏物語のアンソロジーを読みたかった私には、不満が残りました。(☆1つ)
というわけで、9作品を平均して、☆3つです。
通勤電車でよむ詩集 (生活人新書)
「通勤電車」という時空は、冒頭の小池さんの文にあるように、事故が起きれば見知らぬ人と死までも共有しなければならない「不思議な間(ま)としか言えない空間」だろう。そこに、お手軽にも思えるこのアンソロジー。ページ番号の上のつり革が朝、昼、夜とふえていくレイアウトも、イラストの雰囲気もとてもしゃれている。
けれど、移動時間に消化するには、内容はあまりにも濃厚。こちらの脳味噌は、高度な言葉たちで、「満員電車」状態。あまりにも鋭い世界観・言葉感覚の持ち主である小池さんが選び抜いたのだから、無理もないが…… 。
各詩につけられた彼女の寸評と、自分の感想を比べながら読み進めていくと、「のをあある とをあある やわあ」。学生時代に夢中だった朔太郎の、このフレーズに久しぶりに出会い、すべてが凝縮されている分、詩は怖い、詩は重いとつくづく思わされた。