その名はバレット
ファーストの「帽子が笑う…不気味に」という邦題タイトルのインパクトは未だに強烈なものがありますが、個人的に
中身の方は1970年発表の2ndに当たる今作のほうが好きです。サウンド自体は結構タイトで、1stよりもカラッとしているのですが、
その奥に通底しているバレットという存在の醸し出す消えてなくなりそうな刹那感が、
他の人では出せない独自の鬱々としながらもふわふわしたムードを生み出しています。
バレットの飼っていた猫の名前が、ピンクとフロイドだったことから、大プログレバンド、ピンクフロイドは生まれ、
彼が脱退したあとも、フロイドのリーダーであるロジャー・ウォーターズは、常にシドを意識して数々の名作を
生み出していったのです。作風は中期以降のフロイドと本作は、全く違うといっていいかもしれませんが、
このアルバムでの飄々している彼が、単なるフォークシンガーでないことを、聴けば聴くほど気付かされる自分がいます。
ピンク・フロイド アンド シド・バレット ストーリー [DVD]
本作がBBCで制作されたのは2001年なので、その後日談として、シド・バレットが糖尿病からの合併症によって逝去したことをここに追記しなければならないのは残念なことです。
60年代後半に吹き荒れたサイケデリアの嵐の後は、ブライアン・ジョーンズ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリクス、ジム・モリソンらの、薬物中毒が原因ではないかと憶測される死が相次ぎ、また近年完全復活を果たしたブライアン・ウィルソンのように再起不能を囁かれる場合もありました。しかし、シドの消息についてはほとんど情報が無く、ミステリアスな存在のまま置き去られているように思っていましたので、今こそこのドキュメンタリーは注目されるべきでしょう。
50分という短さのため断片的になっていますが、初期のライト・ショーの様子や、ボトルネックの代わりにライターでギターを弾く姿など、貴重な映像が観られると思います。また、ピンク・フロイドのメンバーはもちろん、ソロ・レコーディングに参加したミュージシャンや元恋人、建築家マイク・レナード、画家ダギー・フィールズ、写真家ミック・ロックなど、往時をよく知る重要人物にはすべてインタビューが取れていると感じます。彼らが口を揃えて語るのは、シドの天才ぶりとその後の奇行。
そして、体重が増え髪を剃り落とし、別人のように変わり果てたというクレイジー・ダイヤモンドの隠遁生活については、この作品の中でも明らかにされることはありません。やはりそれは、伝説に風化するまでそっとしておくべきものでしょう。
本編にも登場するロビン・ヒッチコックと元ブラーのグレアム・コクソンが、シドのソロ・アルバムの曲を弾き語りするのも嬉しい特典映像です。
余談ですが、オリジナル・ラブが06年1月に発表した「キングス・ロード」収録の「シー・エミリー・プレイ」は、奇しくもシド生前最後の公式カバー曲になったかもしれませんね。