シャム双子の謎 (創元推理文庫 104-11)
本書はクイーン父子が山火事に巻き込まれた中で起きた殺人を、火の手が迫り救出が絶望的な状況の中、犯人を追い込むという極限状況のスリルとサスペンスが存分に堪能でき、クイーン作品にしては珍しく読み物として面白い作品である。
しかし本書について、横溝正史は『探偵小説50年』(講談社)の中で次のように記している。
「これは題に国の名を入れたエラリー・クイーンの諸作のなかでは、いちばんつまらないものだが、それにしてもあまりにもつまらないのに驚いた。」
確かにこの作品は、いわゆる本格推理作品としての評価項目(トリックの独自性、謎解きの論理、驚愕度、等々)において、一定水準をクリアしておらず、横溝の記載は半面においては正しい。
しかし「推理作品」としては水準以下であっても、小説として、つまり読み物としては面白いという作品は数多く、私はそういった作品については、読み物としての面白さ、魅力を評価することにしている。
例えば『Xの悲劇』ハヤカワミステリ文庫版の新保博久の解説の中で横溝正史の『八つ墓村』がB級作品と評されており、本格推理としては実際そのとおりだと思うが、それでも私はストーリーの面白さを評価して「☆5つ」としている。本書の「☆4つ」は、そういうストーリーの面白さを評価してのものである。
それにしても横溝の上述の評価はクイーンに対して手厳しすぎるように感じるが、あるいは『オランダ靴の謎』以来クイーンをひいきにしてきたという横溝だからこそ、本格物の傑作を期待した結果、期待はずれであったという感想だったのかも知れない。
Siamese Dream
好きなアルバムは数あれど、好きなバンドリーダーは数いれど、ぼくにとって好きなバンドはひとつしかない。スマッシング・パンプキンズ。一人のカリスマに引っ張られたバンドもいいが、メンバー全員が個々に強烈な輝きを放っているバンドの方が、バンドとしては魅力的だ。中でも彼らの第2作であるこの「サイアミーズ・ドリーム」は、あふれる若さと個性、そして完璧な構成をもった、名盤中の名盤。
ビリー・コーガン(Billy Corgan/vo,g)を筆頭に、ジミー・チェンバレン(Jimmy Chamberlin/d)、ジェイムス・イハ(James Iha/g)、ダーシー(D'arcy/b)の4人の才能の結晶が、スマパンの音である。ビリーの、高慢な音楽家には一聴きでボーカル失格の烙印を押されそうなしゃがれ声が大好きだ。ジミーの攻撃的でいて緻密なドラムが大好きだ。ジェイムスの一音一音を大切に選んでひく優しいギターの音色が大好きだ。ダーシーの美貌、そして黙々とひくベースが大好きだ。このバンドが鳴らす音が大好きなのである。
NIRVANAのプロデュースなどで有名なプロデューサー、プッチ・ヴィグのもと、度重なるセッションとビリーの完璧主義の果てに生まれたこのアルバムの魅力は、何といっても絶妙な抑揚のつけ方にあると思う。それは一曲レベルでも、作品としてでも言えることだ。曲の中で幾度も波が寄せては返す。ビリーは腹から搾り出すようなさびた金属音で叫ぶように歌ったかと思えば、次の瞬間は果実酒のとろけるような甘い声でリスナーを包み込む。その満ちひきにあわせて盛り上がっては冷める楽器演奏。さらには攻撃的なロック色の強い楽曲で心臓をばくばくさせたかと思えば、優しい優しい子守唄のように穏やかで美しい楽曲が配置される。このハイ&ローの絶妙なさじ加減、それがぼくを虜にした。
#1"Cherub Rock"のイントロ、ドラムロールからギターが乗っていく、あれを聞いただけで終わりまでヘッドフォンをはずせなくなる。#3"Today"のポジティブな歌詞、歌。#4"Hummer"でのビリーとジェイムスの美しいギターハーモニー。#6"Disarm"の泣きたくなるほど純粋なメッセージと壮大なアレンジ。#9"Mayonaise"がイメージさせる夕焼けに踊る光の結晶たち。#10"Silverfuck"のいたずらっ子のようにおどけたロック。そして最終曲"Luna"の全てを許すかのような夜の訪れまで。
このアルバムには、日が出ては沈み、生まれては死に、その中には幾度も潮の満ちひきがあって、時に起こっては泣いて笑って…そういった生の営みすべてが詰まっているような気がする。
Siamese Dream
1993年に発表された、《スマッシング・パンプキンズ》の傑作アルバムです。この愛称《スマパン》というバンドの特徴は、その音楽的な《二面性》にあります。ハードでノイジーな《ロックンロール》と、シュールでファンタスティックな《ポップス》とが、まるで引き潮と上げ潮のように交互に繰り返されることによって、夢と現実の境界線が揺らいで行くような、不思議な《浮遊感》が生まれています。この独特の《浮遊感》は、一度はまったら、クセになります。衝撃的な最後を遂げることによって、伝説と化した《ニルヴァーナ》より、この《スマパン》の方が、新たな地平を切り開く発展性が感じられて、私は好きですね。いずれにしても、90年代ロックを代表する、名盤中の名盤であることは確かです。ロック好きには、オススメします。良いですよ。