悪い娘の悪戯
「楽園への道」で、とりこになった作家ですが、今回もよみだしたらやめられませんでした。この作品は、飛行機と電車による移動の計11時間、ぶっとおしで読みました。天性のストーリーテラーだと思います。
「通訳者はいるのにいない存在」であるとか、「翻訳者は欲求不満の物書きである」という指摘もずばり的を得ているし、本当に人間というものを確かな技術と筆力で書くことのできる希有の作家です。しかも、とてもおもしろく。クラッシックなたたずまいのカバーには少々ぎょっとさせらますが、読み応えありますよ。
楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)
その絵をよく知っていても、ゴーギャンの生涯については、ブルジョワで比較的恵まれた画家であるという印象があるくらいだった。ポスト印象派の展覧会でゴーギャンの有名な自画像を見てなにか感じるものがあった。とらえがたいという印象。
池澤夏樹さん個人編集で珠玉の作品ぞろいで気に入ったこの文学全集のうちの一冊を読んでいて、この本を知って早速注文した。ゴーギャンとその祖母であるスカートをはいた革命家フローラとの生涯が交互に章ごとに描かれている。最初は、文中にある呼びかけがだれのものであるのかが気になったが、あとで著者であることを知ってその技法の独創性に驚いた。
この本ほど読み終わったあとに茫然自失となる経験は私にはめずらしかった。
ゴーギャンもその祖母も当然お互いに会ったことがないにもかかわらず、その生涯を通底しているものに共通点がある。その意志の強靭さ、自由な精神、孤独、肉体を蝕むものとの闘い、みずからを燃焼させた人生。
ゴッホが出てくる箇所もある。その純粋さ、その理想の高さ、その狂おしいまでの誠実さに涙が出た。
生とはこれほど鮮烈で残酷なものでありうるのだ。
見事な小説家の手になる芸術家の生涯を読むと絵を見るときの理解度が増すことを痛いほど知らされたということもある。
著者がノーベル文学賞を受けたことを知り、とてもうれしく思ったのは言うまでもない。
緑の家(上) (岩波文庫)
物語は,インディオの集落から無理矢理少女を連れ去るシーンから始まる。
原始的な生活をしているインディオの少女たちに,アマゾン川源流の地サンタ・マリーア・デ・ニエバの伝導所で,キリスト教的教育を受けさせるため無理矢理さらってくるのだ。
その伝導所で暮らす,少女ボニファシアが,その少女たちを脱走させたことで,伝導所で暮らすことができなくなってしまう。
そこから物語はいくつかの段落に分かれ,段落ごとにそれぞれの物語が展開していく。
まずは,このボニファシアを中心に展開する物語。
次に,日本人ゴム密輸商人フシーアがアキリーノのボートに乗って河を移動しながら会話を続ける物語。
ここで読者は,最初に戸惑うことになるだろう。二人が過去の思い出話をしている最中に,突然その場にいないはずの人間が会話に参加してきたように描写される。これは映画的なフラッシュバックなのだが,段落を変えずに突然会話に加わってくることで,最初は戸惑うだろう。
しかし,フラッシュバックであることが分かれば,文章自体は読みやすく,物語の展開も興味深い。
三番目に展開する物語は,ペルー北西部ピウラの町にふらりと現れ,売春宿「緑の家」を建てるハープ弾きのドン・アンセルモの生涯に渡る物語。次に,ピウラの町のマンガチェリーア地区に住むリトゥーマを中心とした物語。
その他,アマゾン川ぞいのまちイキートスの行政官フリオ・レアテギや船頭アドリアン・ニエベスなど魅力的な登場人物が目白押しである。
一見複雑なようでいて,物語としてはベラボーにおもしろいので,とにかくジグソーパズルを完成させるように,人物をメモしながら読み進み,それぞれのピースがカチリとはまったときの感動を味わってみてはいかがだろうか。