モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版 [DVD]
私はいわゆる全共闘世代、といってもどこのセクトに属していたわけでもない。60年代なかば、ゲバラは英雄だった。キューバ革命に関する彼の著作を読み、感動した。さらに、突然、大臣の職を辞し、次なる革命を求めボリビアに赴き、67年惨殺された。その時の彼の写真がいまも強烈なイメージで残っている。この映画はそのゲバラの青春時代を描いた映画だが、医師志望の彼が友人と南米大陸を走破する旅に出掛ける。厳しい旅のなかで、庶民の厳しい現実を目の辺りにして、彼の若者らしい「正義感」がとめどもなく湧き出でる。カトリック系キリスト教の修道女が中心に運営しているペルーのハンセン氏病の療養施設で3週間のボランティアに従事、そこで、かれはあっという間に、患者のみならず修道女たちの心を掴む。滞在中、23歳の誕生日を迎え、パーティを開いてもらう。挨拶を求められ、彼は「南米の国境に意味はない。我々は一つの南米大陸人なのだ」という素晴らしいメッセージを発する。若者らしい正義感とこの考え方こそ、後年、彼をして奇跡の革命家たらしめた。そんな気がする。「正義感」や「社会性」など人と会話するテーマになりにくいいま、この映画は爽やかなメッセージを我々に与えてくれる。
モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)
素直で人好きのするラテンの若者ふたりが口八丁手八丁で宿と食事を得ながら貧乏旅行をする中で人々の暮らしに触れ、土地の違いを見聞し、国は違っても人間の本質は変わらないんだと学んでいく様子はとても感動的だし、希望が持てます。本人が意識してなのか無意識なのかわからないすっとぼけたユーモアのある文体も楽しい。
ゲバラがこの本に書かれているアメリカ縦断旅行を敢行したのは23歳くらいのときで、だから当然書かれている内容はいかにも若者らしい無茶や未熟、いたずらだったりするんですが、根っこに流れる素直でまっすぐな心、弱者への思いやり、人種や階級や美醜で人を差別しない公正さなどが後に偉大な革命家になる人物を髣髴とさせます。
映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」オリジナル・サウンドトラック
映画のサントラは、実際に映画を観てる時に聞くのとは違うことがあるので当たり外れがあるんだけど、目をつぶると観たままの映画の光景が浮かんでくる。
イメージからくる南米の明るいラテンミュージックというより、あくまでも映画の為につくられた曲として、民族音楽を上手く使いながら構成されていると思います。
私は、もうサンタオラージャという人のギター演奏にメロメロです。
夜広大な南米の大地に想いをはせながら聞きたい一枚です。
モーターサイクル・ダイアリーズ コレクターズ・エディション [DVD]
「チェ 28歳の革命」の試写会を見た影響で、「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見ました。この映画では、チェがキューバ革命を起こした「根本的な要因」を学ぶことができます。
弁護士一家に生まれ、医大に通うエリートであったエルネスト・ゲバラ。彼は『本だけで知っていた、南米諸国を見て回りたい』と、南米大陸横断の旅を決意します。書籍を読んでいないため詳細は分かりませんが、この時点でゲバラは「貧しい人々を救う」という意識を持ち得ていたのかも知れません。
バイクに、寝袋や食料を詰め込んだものの、ほぼ体一つで南米の旅へ。便利な生活に慣れている私は、「夏服と冬服はどうするんだ?」「風呂は?洗顔は?」「体調を崩したら?」などと心配をしてしまいました。
道中では、チリの寒い雪山やら、牛が歩く田舎道など、想像もつかない環境が現れます。何回もバイクで転倒しながら、それでも突き進む2人。詳しい描写は映画に譲りますが、この体験が、体一つでメキシコからキューバに乗り込み、ゲリラ戦を展開する発想を生み出したのかもしれません。
映画の前半では、旅の辛さや、2人の人間関係にスポットが当てられていました。そして、ペルーに入国する後半からは描写も急展開し、「貧しい人々への共感」がテーマとなっていきます。象徴的なのは、「地上げ屋に自らの土地を追い出され、共産主義だからと警察に追われ、やむなく銅山での危険な労働に飛び込む夫婦」との出会いです。やや、突然現れた感はありましたが、ゲバラの意識変化がひしひしと伝わった瞬間でした。その夫婦、正確には夫は、銅山での仕事を手にするのですが、その雇用者の態度があまりに横柄。彼にに対してゲバラは怒りをぶつけます。『喉が渇いているのだから、水くらいあげたらどうだ!』。そして彼は、自らの全財産(彼女から買い物を頼まれたお金、しかし彼女には別れを告げられたはず)である15ドルを手渡します。(後に判明)
その後の道中では、地上げ屋に土地を追い出された貧しい人々と「これでもか」というくらい遭遇します。彼らが共通して言うことは、『私達は団結している。少数だからこそ団結する。』キューバ革命への伏線として用意された発言でしょうか。他にも伏線はありました。マチュ・ピチュにて、『革命を起こしたい』・『銃がない革命は無理だ』と口にするのです。ペルーの貧しい、哀れな人々が、ゲバラに対して「体制打破への想い」と「武力闘争という現実的な選択肢」を与えたのでしょうか。共産主義への是非は別として、人々の為にここまで震え上がることの出来るゲバラを、本当に尊敬した瞬間でした。(私は今まで「自分の為に」「自分の成功を」とばかり考え、近視眼的に自分のメリットを追求して生きてきました。そんな私の人生には、「人々のために、誰かのために」という視点が欠落している。時代が違うとはいえ、どうしてここまで考えが及ぶのでしょうか。)
続いて、ペルー市街での知り合いの医師を経由して、ハンセン病の人々が療養する地域へと足を運びます。この頃のゲバラは既に、「貧しい人々を何とかして救いたい思想家」となっていました。ここも実際の描写を見て頂きたいのですが、「手袋をつけないシーン」や「アマゾン河を渡るシーン」に表れています。特に、誕生祝いの席での発言は、「革命家チェ・ゲバラ」そのものでした。
『意味なく分断されているが、南米大陸は一つの多民族国家だ。皆さんの代弁者ではないが、何か出来ることがあると思う。』(フレーズがうる覚えですが、趣旨はこういったものでした)
この時点で既に、「貧しい人(労働者階級)vs富める人(資本家階級)」、「貧しい国(南米諸国)vs富める国(欧米諸国)」という図式は描かれていたのでしょう。恐らくゲバラは【1】「富める人で、貧しい国」に生まれたからこそ、ゲバラ足りえたのだと思います。【2】「貧しい人で貧しい国」なら何も出来ません。【3】「富める人で富める国」なら問題意識を持たないでしょう。【4】「貧しい人で富める国」ならば、自分の成功を目指して突き進むのではないでしょうか。そう、それが「アメリカン・ドリーム」です。自分の生活はそれなりに豊かである。それは家庭環境もあるし、高い教育を受けたおかげで、自分も豊かな生活が送れそうである。しかし周りを見渡してみると、教育すら受けられず、生まれながらにして貧しい人生を決定付けられた人がいる。『人の役に立ちたい』と何度も口にするゲバラからしたら、不甲斐無くて仕方がないのでしょう。
自分の人生について、本気で考えさせられる映画でした。
チェ28歳の革命・チェ39歳別れの手紙も、是非鑑賞してください!
チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記
チェのプリントの入ったTシャツを街で見かける度に気になっていた。
キューバと言う国の名前とフィデル カストロくらいは知っていてもチェの事は何も知らなかった。権力を手に入れてしまえば堕落して行く者が多い中で彼はそうならなかった者の一人だった。
39年という人生を革命とキューバやその他の抑圧された人々のために戦ったチェの行動力と情熱そして人間性は政治に興味のない人にも伝わるものだと思う。この本を読んだ人は少なからず自分の内モモに
自らのロシアンテの助骨を感じるのでは??