野上弥生子随筆集 (岩波文庫)
この本で、随筆家としての野上弥生子の鳥瞰ができる。年代順に編集されているので、その時の作者の関心がよくわかる。
各随筆は、構成も堅牢であり、読み応えがある。特に、漱石の思い出、伊藤野枝についての随筆は、迫力がある。
読んで得るところが多い。
野上弥生子短篇集 (岩波文庫)
七作あるが、『茶料理』が抜群に良い。
十数年秘めた恋心を大人の男と女はどう昇華させるのか。
ユーミンは「昔の恋をなつかしく思うのは/今の自分が幸せだからこそ」と歌ったが、
これにもう一ひねり加わった大人の恋が抑制された筆致で描かれる。
末尾近くにある「親しみにまじる淡い寂しみと渋みにおいて、
それはなんとはなしに、かれらが今そこで味わっている料理の味に似ていた」という描写と
「茶料理」という題とを重ね合わせた時、しめやかに一つの恋が閉じられていくのである。
秀吉と利休 (新潮文庫)
この作品は決して難解ではないが、独特の硬質な文体は、はじめ、斜め読みを許さないある種の圧迫感を読者に感じさせる。しかし、読み進めるうちに、利休という歴史上の人物は、日常生活のさりげない細部と心理の描写のなかでまざまざと造形され、利休とはまさしくそれ以外の人ではありえなかったろうと読者は確信するに至り、硬質な文体から感じた当初の圧迫感は、実は著者の尋常ならざる作家魂の厳しさに他ならなかったことに気がつく。この小説の中には、黙読するうちに思わず朗読して確認せずにいられないほどに格調高く、悲劇的な描写が数多くある。このような小説はそれほど多くはない。
権力への阿諛と矜持に引き裂かれる自我は、この作品だけでなく「迷路」のテーマでもあり、時代を問わず、常に私たちの矛盾でもある。野上弥生子という、戦前、戦後の日本社会を誠実に見届けた強靱な知性によって始めて可能な傑作というべきであろう。