ええもんひとつ―とびきり屋見立て帖 (文春文庫)
京都の道具屋”とびきり屋”の夫婦が、毎回ある道具に関わり、そこに坂本龍馬や新撰組などが絡む、シリーズ第2弾。
1巻目は、道具の話、龍馬など幕末の有名人たちの話、”とびきり屋”のことなど、幾つもの事柄をそれなりに描こうとしたせいか、詰め込み過ぎた感じがあり、話の中心も道具や人物にその時々で変わり、今ひとつまとまりのない作品に思えました。
しかし2巻目は、必要以上に歴史上の人物たちと関わりをもたせず、出てくる道具を中心に話がすすみ、道具の逸話にもひねりがあり、全体的に1巻目より良かったです。
また本書は6話から成りますが、意外なカラクリのある「夜市の女」、微笑ましい「ええもんひとつ」、洒落た感じのする「花結び」、筋書きの妙を感じた「鶴と亀のゆくえ」など、幅のある内容で、面白みがありました。
利休の風景
このタイトル、思わず『空海の風景』を連想させますね。
歴史小説の巨人・司馬遼太郎氏の影響の大きさを感じます。
ご存知のとおり、山本兼一氏は『火天の城』で、第11回松本清張賞を受賞。
同作品が「第132回直木三十五賞」の候補となるも入選ならず。
しかし、話題作として注目され、映画化されたのは記憶に新しいところ。
また、本書の上梓のきっかけとなった『利休にたずねよ』は「第140回直木三十五賞」受賞作。
本書は茶道月刊誌『淡交』において2010年から2011年まで連載されたエッセイに加筆・修正したものです。
茶室『待庵』における樂吉左衛門氏との対談は、今回の単行本化に当り新規に収録。
さて、このエッセイ集は司馬遼太郎氏の小説でいえば、
「余談だが…」から切り出される「薀蓄小噺」のような趣があります。
著者にとって「利休居士の原風景」である大徳寺聚光院・閑隠席での思い出。
大徳寺高桐院の利休灯籠に見る「悟りと執着」。
竹一重切花入「園城寺」で考察する利休居士の「レトリック手法」など、
利休のさまざまな心象風景を興味深く読ませていただきました。
先達である村田珠光や武野紹鴎との美意識の相違。
利休の継承者として、必然的な表現変化を見せる古田織部への理解。
東インド巡察師・ヴァリニューノから見た「茶の湯」観察力。
24編のエッセイは、どれも極上の味わいがあります。
それぞれのエッセイには写真が添えられていますが、
大半が深みのあるモノクロ写真なのですが、竹の花入れに生けられた「椿の蕾」の写真はカラーです。
利休の「朝顔」のエピソードを彷彿させる演出でしょうか。
もともとエッセイですから、読み方を選びません。
私は巻末の対談から読みましたが、樂氏と「のっけ」から感性がズレています。
このような予定調和しない対談こそ面白いですね。
哲学的な作風を持つ芸術家「吉左衛門」の感性は対談でも「面目躍如」といった感じです。
対談とはいえ、形而上の会話ですから正直、エッセイとは違い手ごわい内容でした。
それにしても「役得」とはいえ、様々な名茶室や名碗を体験されている著書が羨ましいかぎり。
「大人の茶の湯」に興味ある方、必読です。
命もいらず名もいらず_(上)幕末篇
先日、新聞の書評欄に「〜私は唯一つ、久しぶりに真に美しい小説を読んだ、というだけでもう満足である。その美しさにおいて本書は山本作品の頂点である。」とあり、星が★★★★★もついていたので買ってみました。
江戸無血開城の真の立役者である鉄舟こと山岡鉄太郎 の生き様を見事に描いた良書。
鉄舟の人生に向かうその姿勢に心を打たれます。
静と動…。静かに、そしてフツフツと心が熱くなる良い小説です。
これから社会人になる方や、20代の若いビジネスパーソンにも是非読んでもらいたいなぁ。