貝がらと海の音 (新潮文庫)
さて、20年後子供達が巣立っていったとき、夫と私はこんなふうに暮らしているだろうか・・・?考えてしまった。
「庭のバラが咲きました!」と家中に花を生け、「ウォールナッツ」と書かれたペンキを買ってきてポストに色を塗り、フルーツケーキを焼くから・・・と夫からウィスキーをもらう妻。夫はそのバラをきれいだと喜び、ペンキの色が想像と違ったという妻の話をおだやかに聞き、妻の焼いたケーキに舌鼓を打つ。
娘さん、息子さん、お嫁さん達、お孫さん、近所の清水さん・古田さん、行き付けの八百屋さんまで、すっかり知り合いになった気分で読み終えた。
今頭の中に流れているのは、妻の弾く「星に願いを」のピアノ、匂ってくるのは娘さんが焼いて送ってきたラムケーキ、妻の焼いたフルーツケ!ー!キ。テーブルの上には、いつもご夫婦が飲む紅茶と近所の清水さんのくれた見事なバラが一輪。横の壁には孫のフーちゃんの書いた習字「うめ」。
そろそろ八百清のおじさんが配達に来てくれる頃かな?
小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き 大人の本棚
本書は『小さな手袋』(小澤書店、1976年刊)と『珈琲挽き』(みすず書房、1994年刊)を底本とし、 著者の友人でもあった庄野潤三氏が編集したもの。本文は新字旧仮名遣いです。
読みはじめると、静謐でありながらユーモアのにじむ筆致が、じんわり心にしみて…冒頭から3つ目に収録されている表題作「小さな手袋」で、もうすっかり小沼作品の虜になってしまいました。
とある酒場で隣り合わせた男と女の、何気ないやりとりを描写した、だたそれだけの作品。ですが、随筆というよりは一篇の小説のようでもあり、ページを繰るたびに、本を読むことの愉悦が、心の奥底から、じんわり湧き上がってくる。
心が疲れたとき、ほのぼのしみじみしたいとき、何より美しい日本語を堪能したいときは、どうぞ本書を手にとってみてください。
手にしっくりなじむ、《大人の本棚》ならではの装幀で、小沼作品の魅力を存分に。
プールサイド小景・静物 (新潮文庫)
いろいろあるのですが、女だけの(母と娘姉妹の3人)一家に現れた指圧療法を行う60近い歳の牧師をめぐる、末娘からみた母との関係(黒い牧師)や、自分が養子に出されたり、知らない家に預けられたりする事を幼い子供が自身の視線で観察する話し(紫陽花)とか、母の日を記念して行われる講演に出席する私と母の慌ただしい戦争中の団欒の話し(団欒)とか。
しかし、中でもやはり表題作の「プールサイド小景」は絶品です。幸せに見える家族の本当の姿や、その生活に潜んでいた闇の部分をえぐり出して、さらに俯瞰してみせる!私の言葉にしてしまうとチープな感じになってしまいますが、ホントに素晴らしい作品です。
どれも素晴らしい放り投げた終わらせ方であるにもかかわらず、暖かな余韻があり、尚且つ、もう一度直ぐに頭から読み直したい欲求にさせます!終わらせ方の切り口がものすごくソリッドなのに、余韻は暖か。