恋しい女〈上〉 (新潮文庫)
恋しい女 (上)(下) 藤田宜永 新潮文庫 2007
初出 2004 新潮社
50代の元建設会社社長の男。一線を退き(退かざるを得なかった)、妻を亡くし、1人暮らしに十分な資産を有し日々を暮らす。若いころからの女性遍歴は数知れず、されど全身全霊でのめり込む様な恋愛は無い。母親との関係性からその様な人格が形成された。
そんな男の前に現れた20代の由香子、決して人に染まる事もなく、自らが流れに入ることもない女性。そんな女性にのめり込んでいく男を描いている都市恋愛小説だろうか。
舞台は港区、白金台、六本木、渋谷といったあたり。
こんな心象表現が面白い
「私は何が嫌いといって、鬱陶しい女がこの世で一番嫌いである。しかし、私の言っていることは大きな矛盾を抱えている。女が或る男を好きになると、どんな女でも、男にとって鬱陶しい存在に変わる。鬱陶しい女が嫌いということを突き詰めると、女に愛されるのが嫌だということになる。では、私は女に愛されるのが嫌かというと、そんなことは決してない。この矛盾の間隙を縫って女と付き合うのは容易なことではない」
藤田さんの独白に思えてならない。
艶めき (講談社文庫)
藤田氏の作品の女性は、美化されていて、女性への愛を感じることが出来る。彼女たちの年齢が40代だったりするところもいい。(これは私の年齢からして嬉しいだけかも)。奥様の小池真理子氏が、女性の奥深くに眠る残酷な部分を抉り出そうとしているのとは、対照的でさえある。
七つの短編が収められているが、「古木の梅」が良かった。主婦の律子が、一緒に寺を回る男性と恋に落ち、夫との関係に終わりが来るかとおもいきや、「今は魔の季節、自分も夫も、他の異性を思いながら性の営みをしている。この季節が過ぎると穏やかな夫婦の暮らしが来る」という律子。やはり40代の私には、妙に理解できる内容だった。
喜の行列 悲の行列
宝福喜朗という至極目出度い名を持つ定年目前の男が定年後ホタル族を脱し自宅で煙草を吸える権利、いやせめて居間で吸える権利を得るが為、妻と一人娘の願いを聴く事に。その願いとは手に入れれば運気が開くと毎年長蛇の列が出来る有名デパートの福袋を買う事!大晦日から明けて二日までの路上泊二日間の物語。喜朗がもし取引に応じず行列に並ぶ事がなかったならば決して起こりえなかった小さな事件、事件、事件。必然かはたまた偶然の連鎖か、家族に留まらずあれよあれよと波及しついには警察までもが。行列に並ぶ人達にはスポーツバッグをたすき掛けに抱きかかえる挙動不審の男・車椅子に座り付添い人にあれこれ指示する老紳士・ハンドバッグにナイフをしのばせる若い女・落ちぶれたボンボン育ちの古い友人等々。行列の中ばかりでなく外でも次々に事件が起こり収拾不可能とさえ思えたものが次第に繋がりやがて・・・。喜朗は無事福袋を手に出来るのだろうか?
虜 (新潮文庫)
かつては「妻」としてだけだった女性が、「女」と変貌を遂げていた。犯罪に手を染め、かくまってもらっている別荘の納戸の穴からのぞき見た妻の姿に、夫は彼女を取り戻したいと思う。この、「のぞく」という行為が、より妻を官能的に見せてしまったように思う。男性作家ならではの発想である。
女性の私には、涼子という妻に、取り戻したく思うほどのの魅力が今ひとつ足りないように思えた。離婚届に判を押すことと引き換えに、夫をかくまう涼子の気持ちも、よくわからない。
藤田氏の作品は好きなので、これはちょっと甘めの採点です。
モダン東京〈1〉蒼ざめた街 (小学館文庫)
ミステリの時代設定や舞台背景はいろいろあるが、本作で描かれている時代の東京の街なみと人々の生活のありようは、それを知らない自分にはとても新鮮に感じた。カフェのマダムと女給、下駄屋の婿養子、男爵など、現代では望みようもない登場人物の存在や主人公とのやりとりも面白い。
心理描写やスピード感を抑えた一見ハードボイルド風ではあるものの、行間の心情を読み取らなければいけないようなありがちな堅苦しさは無く、かといって物足りない訳でもない、物語として上手いバランスで成り立っていると思う。
徐々に明らかになる謎の結末は、実際考えてみると本当に悲劇的なのだが、それらすべてを飲み込み、気持ちを新たに次の事件に立ち向かうであろう探偵の的矢と助手の蓉子を、明るく応援したい気持ちになった。