牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))
この本には、「牛肉と馬鈴著・酒中日記」の他にも、たくさんの独歩の作品を味わうことが出来ます。そして、その物語のほとんどが、あまり明るいものではありません。だけど、読後感は何だかサラリとしています。きっとそれは、国木田独歩という人が、澄んだ眼差しを持っていたからじゃないのかな、と、国木田独歩のことなんて何も知らないのにそんなことを感じてしまう不思議な本です。
武蔵野 (新潮文庫)
住いが武蔵野であったので 初めて手にとったのが高校入学を控えた中学3年生の3月の事であった。
短い随筆であり 特に何かを声高に主張する作品ではないわけだが その美しい日本語に惹かれて 本書を何度も繰り返し読んだ。また どこそこに武蔵野の面影が残っていると聞くと 自転車で見に行ったものである。高校時代はそんな時間だけは結構有った。お陰で武蔵野には多少詳しくなった。それから25年経った。
現在の住いは いわば昔の三多摩である。家の近くの大学の構内はうっそうとした雑木林であり 散歩をしていると 独歩の武蔵野に迷い込んだ気がする。武蔵野の面影を残している そんな雑木林は 今では生活の一部としてとても重要なものになってしまった。林を散歩出来るのは 東京では贅沢なのかもしれない。
「武蔵野に歩する人は 道を迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向く方へゆけば必ずそこに 見るべく 聞くべく 感ずべき獲物がある」
この一文は有名であるが 初めて本書を読んでからの25年を振り返ってみて 人生も同じ事かなと 不図思った。皆さんも同じ思いではなかろうか?