ことば汁 (中公文庫)
初、小池作品です。
食わず嫌いで、実に勿体ない事をしていました。
とにかく文章が巧い!
ふとした1行に目が釘付けになり、ページを繰る手が何度も止まり、あまりの勿体なさに、先に進むのを躊躇することが何度もありました。
速読、読み散しの私には珍しいことですが、そのくらい言葉が美しい。
日常が、幻想へと移り変わっていく様が、実に自然で違和感がない。
凄く不思議な話なのに…。
これが力量というものなのでしょうか。
『つの』『すずめ』『りぼん』が特に好きです。
作者と同年配である50才前後の独身女性の生活と心情がリアルに描かれています。
そのことが、この幻想的な不思議な話に、意外とありそう…な現実味を持たせているのでしょうか。
小池作品、もっと読みたいです!
屋上への誘惑 (光文社文庫)
1991年から2001年まで、さまざまな媒体で発表されたエッセイ40本が、ランダムに詰め込まれた初エッセイの文庫版。通奏低音になっているのは、小池さん独特の明るい諦観、あるいは静かな世界崩壊感に思われた。
「一編の詩のほうが、自分自身より大きい」という言葉への思いや、「私はそもそも……「私」を使うことが大変しんどい」というやるかたない気持ちが、いきなり吐露されて、戸惑わされる。 そして、、そもそも当たり前の日常に見えていたもの、たとえば蟹を食べているあいだの沈黙、店じまいする人たちの暗いシルエットは、「靴を脱ぐとき、…… 普段はぬがない、よけいなものまで脱いでしまうのではないか、と恐怖にも似た…… 違和感」をともない、見知らぬ景色として立ち現われてくるのだ。 『文庫あとがき』には、「本書で確認したのは、当時のわたしも孤独であったなあという事実でした」とある。自分の内奥にひそむ「孤独」を、自覚的にえぐり出しつづける彼女は、怖い作家だと感じた。
通勤電車でよむ詩集 (生活人新書)
小説やエッセイは好きでよく読むのですが
詩というものになんとなく敷居の高さを感じていました。
この本は書店勤務の友人にすすめられたのですが、その友人にはほんとうに感謝しています。
詩ってことばの結晶なのですね。
きらきら光る結晶のうつくしさに思わず涙がこぼれることもありました。
編者の
詩を読む態度として必要なのは、その詩を理解しようとか解釈しようとか説明しようというものではなく、
その一篇に、丸裸の心を差し出し、その一篇と踊る用意があるかどうかという、それだけだ。
ということばにも打たれました。