孟嘗君(1) (講談社文庫)
田文(後の孟嘗君)は1巻で生まれるが、4巻までは、
無頼の好漢・風洪(後の天才商人白圭)、内政の天才法律家・公孫鞅(商鞅)、
孫子の子孫の天才兵法家・孫賓、外交の天才・田嬰(孟嘗君の実父)達が中心になる。
天才達に囲まれて育った孟嘗君は、
政治家としても軍事司令官としても商人としても一流になる。
中国5000年の歴史において最大の英雄は孟嘗君ではないかと思ったよ。
戦国時代を統一出来ずに、斉国の宰相で終わった孟嘗君が、
オールタイムベスト1だとは解せないかもしれないが、
孟嘗君には「統一してもどうせまた分裂するんですから」
という道家のような醒めた視点が垣間見えるのでかっちょええ!
戦争状態で泣くのは弱い庶民である。
戦争が発生しないように、三国鼎立理論より複雑なミリタリーバランスを要求される
戦国七国鼎立を孟嘗君は企んでいたと思われる。
斉国のみならず他国の宰相としても孟嘗君は活躍し、
攻められそうな弱小国を次々と立て直すという、
城塞レベルではなくて国家レベルの墨家的活動もする。
諸子百家の教えを全て理解し、少しでも多くの命を救おうと行動した孟嘗君はデラかっちょええ!
孟嘗君は商人としても天才だったので、稼いだ金を公金に投入し、
自分の領地の税金を安くするという凄い政策も実行する。
税金を私物化して自分の楽しみに使う官僚は孟嘗君の爪の垢でも飲んで欲しい。
万能の人格者の孟嘗君の唯一の短所は、小男なので個人的武力が無きに等しいことだが、
孟嘗君に惚れ込んで喜んで命を捨てる食客が3000人もいるので、なんの問題もない。
私兵を雇うのではなく、客として礼遇する食客制度を始めたのは父の田嬰だが、
孟嘗君の人徳で食客制度はメジャーになったのだ。
食客は部下ではないので、命令は出来ない。
あくまでも食客の自発意思に任せるのみである。
孟嘗君は名誉欲、権勢欲を持たなかった腰の低い男である。
孟嘗君の最大のモットーは、
「人との約束は必ず守る」
ということである。
相手が約束を破っても孟嘗君は守り続ける。
司馬遷の「史記」には虐殺魔の孟嘗君も描かれているが、
宮城谷昌光は司馬遷の捏造であるという説を展開しています。
孟嘗君ではない同姓同名の別人の田文という人物も史記には出てくるが、
孟嘗君ではない田文の事績も本当は孟嘗君の偉業であったと宮城谷昌光は解釈しています。
「楽毅」にも孟嘗君は登場するが、ストーリー的には「孟嘗君」の続編が「楽毅」っぽい。
「孟嘗君」「楽毅」という順番で読むことを強くお勧めする。
楚漢名臣列伝 (文春文庫)
本書は楚漢戦争を経て漢帝国設立までの時代に活躍した人物が抜粋された短編集です。登場人物は以下の10人。
「張良」
「范増」
「章邯」
「陳余」
「蕭何」
「田横」
「夏侯嬰」
「曹参」
「陳平」
「周勃」
割合としては漢帝国に尽力した人物が多く採り上げられています。時には主人である項羽にすら歯に衣着せぬ直言を呈した楚の范増、外敵のみならず政権内部からの圧迫にも耐え続けた秦の章邯、張耳と共に『刎頸の交わり』の逸話で知られ儒学に傾倒した趙の陳余。個人的にはこの3名の章が特に興味深く感じられました。そして漢帝国の功臣からは曹参、夏候嬰がお勧めです。別著「香乱記」では少々辛辣に批評されていた曹参ですが、本書では「漢の名将といえば、まっさきに曹参を挙げねばなるまいが」と絶賛されています。
本書においては上記の通り、漢三傑の1人である韓信が選抜されていないので不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。その点に関しては明確に言及されてはいないものの、宮城谷氏自身の楚漢戦争に対する思いから発せられる選別眼が多分に反映されたのだろうと内容から伺い知る事が出来ます。
宮城谷氏の楚漢時代を描いた著作には斉の田氏を描いた「香乱記」、漢帝国成立後を描いた短編集「長城のかげ」等もあるので、興味を持たれた方はそちらの作品もお勧めします。
三国志 第八巻 (文春文庫)
関羽が死に、曹操が死に、劉備が死に、そして諸葛亮が残ります。
『演義』でなくても、この情念の筋に沿って、諸葛亮が戦地で果てて三国志の幕がとじられる。。。はずなんでしょうが、
10巻で諸葛亮が死んでも、宮城谷先生は筆を置く様子がなく、読者は――嬉しさも含めてか――混乱しています。
間違いなく三国志の山場のひとつの8巻を読んだ感想としては、宮城谷氏は劉備にその筋の系譜を担うだけの価値を、認めていないからではないでしょうか。
曹操こそ中国史のみならず、人類史を代表する王である。しかし人間である限り全てを成し遂げることは不可能で、劉備などというトリックスターが曹操の生涯につきまとうという見方。というのが私の読後の印象です。キャプテン翼でいえば劉備は石崎くんぐらいのポジションでしょうか。
邪推でしょうが、宮城谷氏が本当に自発的に三国志を書きたかったは疑問です。もちろん出版すればテッパンだから、編集サイドから強要されたってことはないでしょうか?それとも「(三国志は)避けては通れない」と氏が観念したか。
もしかすると宮城谷氏の劉備観が既存のそれと相容れず、かつ、これまでの三国志のクライマックスを再構築するだけの情念が、劉備のせいでもてなかったのでは。劉備がどうでも良ければ、諸葛亮の「出師の表」にたいした力点も置きようがなく、そのためまだ継続されている、というのがいち読者の勝手な推測です。
やっぱり登場するキャラの挿話が多く、よほどの知識がバックグラウンドになければ、スラスラとは読みづらいです。でも、関羽が追い詰められる場面の魏や呉の将軍や位置関係など丁寧に描写されているので、腰をすえてよめばそれだけ楽しみは増すでしょう。
(文尾「か」が連続 ご容赦を)