20世紀の偉大なるピアニストたち~ホルヘ・ボレット
「タンホイザー序曲」で垣間見せる凄まじい気迫は、「スラッガー」達がただ大音響を鳴らすのとは次元が異なっている。一体何がこの男をそこまで駆り立てるのかと考えさせられ、耳ではなく心を打たれるだろう。上っ面な興奮ではなく深い感銘を与えられるだろう。紆余曲折を経て来た還暦に近いピアニストが、このコンサートに賭ける意気込みは並大抵のものでなかったと思われる。
ホロヴィッツが鐘の鳴り亙るような音だったとすれば、差し詰めボレは星の降り注ぐような音だったと言えよう。ある時は金剛の如く強靭、ある時は羽毛の如く繊細。編曲物のようにどんなに音数が多い曲であっても、彼は絡み合う複雑な旋律を、まるで別々の演奏者が別々の楽器を担当しているかのように、同時に弾き分けることができたのである。まるでオーケストラの響きがピアノにそのまま乗り移ったかのようなこうした芸当ができた人は、今も昔も殆ど居ないように思う。
ラフマニノフを敬愛していた彼による「愛の悲しみ」は、懐の深い叙情に充ちている。その心情が聴く者達の眼にも浮かぶようである。
リスト:ピアノ作品集
ボレットのリストはどれも美しいのですが、その中でも有名曲が一番多く集まったのがこのCDでしょう。
個々の曲でいくと、メフィストワルツ1番、ボレット唯一のハンガリー狂詩曲である12番、エステ荘の噴水などが特に綺麗なのですが、他の曲も、とても美しく響いています。リストを聴き始めの頃に聞いておきたい2枚組。
ボレットの遺産/リスト&ショパン・リサイタル [DVD]
とにかく落ち着いた演奏。年齢は感じさせるものの、大きな手で難しいところを難なく弾いている。その指遣いがよく見えて、演奏を聴くだけでなく見ているだけでも楽しめると思う。
愛の夢&ラ・カンパネラ~リスト名演集
20世紀最後のロマン派ピアニスト、なんて呼ばれることもある(ホント?!)ボレットの名盤。
彼の演奏によるリストのボックスセットよりもこの1枚をお薦めします。最後の1曲も必聴。
ボレットの遺産/リスト&ショパン・リサイタル [DVD]
19世紀式ロマン的な演奏をする最後の巨匠といわれる、ホルヘ・ボレットのショパンのバラード1番4番とノクターンの2曲および、リストのペトラルカのソネット第104番と第123番および第二年補遺「ヴェネツィアとナポリ」より3曲が収められている。
とはいえ、そもそもロマン的な演奏ということに対してわれわれは誤解しているのではないかということを認識させてくれる演奏である。
もちろんいい演奏である。しかし、この場合のロマン的な演奏というのは、19世紀後半から20世紀中ごろくらいまでに活躍した演奏家たちの系譜を継ぐ、という意味である。そして、それらの巨匠たちの演奏は、過度な虚飾を排した形式的にすっきりと収まった上品な演奏であるという印象が残る。これは、人間の内奥に迫りたいと思う方には少々物足りなさが残るかもしれない。
ボレットの演奏は、ディナーミックは幅広いが、さらさらした印象を受けるかもしれない。ギーゼキングほどではないにしても。しかし、そこがショパンとリストにおいては、逆に好感がもてるのである。上品な中にも、幅と深さがあるのがチャームポイントだ。
星を4つとしたのは、使用ピアノが、ボレット愛用のボールドウィン、実質は、ベヒシュタインだったといわれている、ピアノではなく、スタインウェイピアノである点である。楽器の音色で、曲の印象表現の印象が変化するので、このへんを知ることができないので満点にできなかった。