黄金狂時代 コレクターズ・エディション [DVD]
アラスカでのゴールドラッシュをテーマにした映画で、自然の脅威と人間の欲望の対決を描く。
これが何と80年前の1925年の映画。
当然、無声映画で白黒というよりは、灰色?映画。
しかしながら、チャップリンの表現力はさすが。
主要なセリフは字幕があるが、言葉は無くとも充分に伝わってくる。
チャップリンの演技を見ていると、ドリフコントの元祖という感じを受ける。
最期に本映画の本質を指摘していると思われる最も印象的なセリフを紹介。
「計画するは人、実行するは自然」
黄金狂時代
70年代の泉谷しげるの大ファンで「黄金狂時代」はアナログ盤を2枚持っています。なぜならエレック盤を買った時からの傷によるノイズがある為、その後再発になったフォーライフ盤を買ったからです。但しフォーライフ盤はオリジナルジャケットでないのが残念でした(今回のCDジャケットはエレック時代のオリジナルジャケットに戻っています)。
曲は一曲目の「眠れない夜」から最後の「北の詩人」までロックからバラードまで粒揃いの曲がバランス良く配置されており泉谷の声も惚れ惚れする程、艶のあるボーカルに仕上がっています。
演奏もピンククラウドのジョニー吉長がいた「イエロー」やカントリーサウンドが抜群の「ラストショー」がバックをつとめそれまでにないバンドサウンドに仕上がっています。
ジャケットもアーティスティックなイラストで、当時聞きながら隅々まで眺めていたものです。
オリジナルは74年発売だと思いますが同時期、拓郎は「人生を語らず」、陽水は「氷の世界」と、当時のフォーク三羽烏は乗りに乗っていた頃で、フォーライフ設立前夜の絶頂期に登りつめる頃の雰囲気がヒシヒシと感じて取れます。
自分の中ではこのアルバムは間違いなく泉谷しげるのサージェントペパーズです。
黄金狂時代 (紙ジャケット仕様)
70年代の泉谷しげるの大ファンで「黄金狂時代」はアナログ盤を2枚持っています。なぜならエレック盤は買った時からの傷によるノイズがある為、その後再発になったフォーライフ盤を買ったからです。但しフォーライフ盤はオリジナルジャケットでないのが残念でした。曲は一曲目の「眠れない夜」から最後の「北の詩人」までロックからバラードまで粒揃いの曲がバランス良く配置されており泉谷の声も惚れ惚れする程、艶のあるボーカルに仕上がっています。演奏もピンククラウドのジョニー吉長がいた「イエロー」やカントリーサウンドが抜群の「ラストショー」がバックをつとめ今までにないバンドサウンドに仕上がっています。ジャケットもアーティステックなイラストで、聞きながら隅々まで眺めていたものです。これを書いている時点では不明ですが是非オリジナルジャケットで発売して欲しいものです。オリジナルは74年発売だと思いますが同時期、拓郎は「人生を語らず」陽水は「氷の世界」と当時のフォーク三羽烏は乗りに乗っていた頃で、フォーライフ設立前夜の絶頂期に登りつめる頃の雰囲気がヒシヒシと感じて取れます。自分の中ではこのアルバムは間違いなく泉谷しげるのサージェントペパーズです。
黄金狂時代 [DVD]
あたりまえですが、音声、字幕無しで楽しめます。
それは、演技とパントマイムの素晴らしさ、そして表情の豊かさの成せる業です。
DVDには日本語の字幕もありますが、無しで見てみてください。
日本でも無声映画はありましたが、ここまで映像だけで、
ストーリーのみならず、細やかな感情まで
表現できている映画はないのではないでしょうか。
思うに、、全てをビジュアルと音楽で表現するというコミニュケーションは、
多民族多言語国家だった欧米だからできたこと、、
言葉や民族、文化の壁を越えるには、
共通言語としての表情、演技、音楽を研ぎ澄ませ、
そこに全神経を注ぎ込み創っていく。。
日本ではどうしても、単一言語民族の国なので、
表情、演技、音楽といった共通言語を持たせる必要もない。。
ビジュアルで伝えられないものは、ナレーションで補足してしまう。。
そこに、質の差が出てしまうのではないかと、推測します。
靴を食べるシーン、パンの踊り、独創的なパントマイム、
大晦日の家の中で食事の用意をするチャーリーの演技の素晴らしさ。。
チャーリーが、愛や友情を大切にしたからこそ、
黄金という富が転がり込んでくる。。
そして、
引き上げ船の上でボロ服を着た億万長者のチャーリーを見て、
密航者だと勘違いし助けようとした彼女も、億万長者のチャーリーと結ばれる。。
この後続く、彼の映画では、文明より、金より、名誉より、
人に大切なのは愛や慈しみだという、
一貫したテーマは、時代が変わろうと輝きを失うことはないでしょう。
小学生の頃、父はチャーリーが好きで、何度も一緒に観ました。
そんな、かけがえのない想い出は、お金では買うことが出来ません。
チャーリーは、
そんなことまで、見越して映画を創っていたのではないかと思えてなりません。。