夏の硝視体 ラギッド・ガール クローゼット 魔述師 蜘蛛(ちちゅう)の王 の五編を収録。 それぞれが、至上であり極美。詩的かつ視覚的な表現、テクノロジーへの意識を保った緻密な文章は、読み手を幻想あるいは悪夢へと没入させる。そしてそのことに、読み終わってからようやく気づくのだ。自分は今、夢から覚めたのだと。 このすさまじい五編からどれが一番かを選ぶのは読み手によるだろうが、私はあえてクローゼットを挙げたい。明確な都市生活の描写から始まるこの話の、滑り込むように色を変えていく様子は読み進める私を萎縮させるのに十分だ。 前作よりも格段に食い込んでくるこの本に対し、読まないという選択肢はない。
飛浩隆の作品は、繊細な残酷さに満ちている。ラギッド・ガールしかり、魔述師しかり。そして、この「グラン・ヴァカンス」しかり。そこに表現されているのは、仮想空間でのプログラムの操作にすぎないが、描かれた本質は、人間の心理であり、人間の危うさであり、人間の絶望と人間の悲哀だ。優れたフランスの文芸作品を鑑賞するように読み終えてしまった。
それは、ホラー小説の皮をかぶった恋愛小説であり、SF小説の形態をとった幻想文学。
ジュリーとジュールの二人の恋の行方。心の中に限りなく入り込むランゴーニを通して見える反転した世界。それはプログラミングされた人間の似姿だが、ひょっとするとわれわれ人間こそ、このAIたちの似姿ではないのか。そんなことを思わせる力がこの小説にはある。それに、この彫琢され磨き上げられた文体は、もっと評価されるべきだと思う。
読もうと思う人にはあまり参考にはならなかったと思うけども、わくわくするようなエンターテインメントに溢れた文学作品を求めている人にはうってつけだと思う。ぜひ、手にとって読んでほしい。読み終わると、まるで、自分の知り合いが一人、本当に息を引き取ったような静かな時間に出会うはずだ。
それは、めったにお目にかかれない稀有な書物である。
大森望氏の責任編集による日本SF書き下ろしアンソロジー。河出文庫創刊30周年の記念企画ということもあり、とても力が入っていて傑作揃いだ。
その第1巻は、新作10作と昨年の3月に亡くなった伊藤計劃氏の未完の遺作、『屍者の帝国』の全11作。この『屍者の帝国』は早川書房のSFマガジンに掲載されたのを読んだことがあったが、改めて、読み直すと、これはやはり大傑作の予感がする内容。スチームパンクの装いだが、伊藤計劃氏らしく、死というものをメインテーマに置いたもの。これは、誰かが完成させるべき。いや、これは未完のまま、有り得べき小説世界を想像し、楽しむべきものなのか。
その他の10作も、私のお気に入りの、円城塔氏、飛浩隆氏、山本弘氏などが収録され、本当に楽しめるアンソロジーになっている。
特に良かったのは飛浩隆氏の「自生の夢」。語ることにより73人を死に追いやったシリアルキラーとの対話とGoogleを思わせる検索エンジンが支配する世界とで、この時代にしか書けないSFだ。
第2巻もすでに出版され、さらに第3巻ももうすぐ出版されるとのこと。長く続くことを期待したいシリーズだ。
2007年に日本で開かれた国際的なSF大会、Nippon2007の中で開催されたシンポジウム企画「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!」の講演録が収録されている。
主にロボット研究、AI研究の発表だが、最先端の研究内容に触れられ、興味深い。また、それプラス、そのシンポジウムに参加したSF作家たちの短編小説も収録されている。
収録されている作家は、瀬名秀明、円城塔、飛浩隆、堀晃、山田正紀と新旧、日本を代表するSF作家たちだ。
特に飛浩隆と瀬名秀明の小説はとてもいい。
それを読めただけでも、この本を買った甲斐があった。
人間の想像力とその文学的な表現、それこそがSFの命だ。
味覚や視覚といった五感に関する描写・語彙の豊富さ、物語を物語る語りの巧みさ、描かれる異世界の幻想的な美しさなど、どれも一級品のできばえではないでしょうか。
初出がSFマガジンで、早川書房のベストSF2004でも一位になっているようにSFというジャンルの中で評価されることの多いようですが、ミステリーや幻想文学といったジャンルの作品を多く読む人にも読んでほしいと思います。
|