向田邦子の恋文 [DVD]
ドラマを見ることの喜びを心の底から味わうことの出来た物語です。そもそも私の好きな大石静の手になる脚本だということすら知らず、単に山口智子がほぼ8年の沈黙を破ってドラマ出演したという話題性にのみ注目して見てみたのですが、なかなかどうして、演出も脚本もそして役者陣も申し分のない仕上がりです。
物を作る仕事に携わる人は、ささやかではあるが自分なりの世界や宇宙を生み出し、それを自分なりの色に染め上げようと努めるものでしょう。小さな世界の支配者たらんとする気概と力強さがあって当然です。山口智子演じる邦子はまさにそうした世界のとば口に凛として立つ若き放送作家です。
一方で彼女は、人生に倦み疲れてしまったかのような中年男性との<道ならぬ恋>を生きています。あの時代に仕事を持つ30代の女性がおおやけにすることの憚られる恋愛を生きることは、大きな異端であったはず。表に出すことの許されない「日陰の恋」を生きる彼女の姿は、自分の世界を力強く切り開く女のそれではありません。疲弊した男に慈しみの心を無条件で差し出し、あたかも相手の世界の中に自身を解消し、同化させていくかのようです。私はそこに<健気(けなげ)>という形容詞を見て取り、そして強く胸を打たれました。
向田邦子が後に飛行機事故で早世することは広く知られています。彼女がこの美しく儚い恋の物語をずっと胸に秘めたまま逝ってしまったことを思うと、他人がまねることは決して容易ではない彼女の<潔さ>にも思いが至り、私は涙を禁じることが出来ませんでした。
山口智子は徹頭徹尾納得のいく仕事だけを選ぶことを自らに厳しく課した稀有で有能な役者になったのではないか。私にはそんな風に思われます。こうした果敢な女優を殺すことのない日本の芸能界であってほしいものだと願わずにはいられません。
寺内貫太郎一家 DVD-BOX 1
私が遠い昔、初めて観た水曜劇場が寺貫の「リリーマルレーン」の回だ、と言えば、その衝撃が分かって頂けるでしょうか(これからご覧になる方のためにあまり書けませんが)。
前半ずうっと「これってドラマに見えるけど、そうなの? それとも情報バラエティー見たいなモノ?」と呆気にとられていましたっけ。
寺貫で笑えない、と言う方がいらっしゃいました(カスタマーさん方のことではありません)が、別にこれはお笑いドラマでも何でもありません。笑う必要は特別ありません。
じっくり、じっくり味わうと、胸の中にポッと炎が燈り、誰かと何か話したくて仕方がなくなる・・・名優たちが静かに、ただ無心に石を彫るその姿、空気。
大人同士の二人の恋愛。若者の揺れる心。登場人物それぞれの名台詞の数々。・・・途中で音楽(劇伴)担当が一時変わったり、番組の空気とそぐわない挿入歌(「りんごがひとつ」)がかかったりしたのにガッカリしたのを覚えています。
開けないで持っている、静かな宝石箱のようなドラマです。
阿修羅のごとく-全集- [DVD]
向田邦子の「阿修羅のごとく」。姉妹四人の配役も重厚。このドラマの最初の放映は20年以上前のことだろう。
今観れば向田ドラマに適材適所に登場する加藤治子さんが48才という設定なのが新鮮だ。
この人のセリフ回しの天才的なところは、ここでも充分すぎるほど感嘆させられる。ほかのみんなもみごとはまり役でした。
八千草薫さんは、よく知っている時期の可愛いあこがれのおかあさんだし、普通の奥さんの怖さもじわじわ沁み出ていてドラマでも中心的な人だ。
石田あゆみさんも年代的にもあらゆる点で適役。
わが青春時代、デビッドハミルトン、そのヌード写真のデビューの頃の絶世のタヌキ顔の魅力の風吹ジュンさんも、ほかの姉妹の演技のうまさにもうのせられたようにすばらしかった。
演出者の熱意が伝わる贅沢なドラマだ。演出者、顔もあっツいけれど・・。
向田邦子さんのうなる繊細な心理描写の巧みな表現で浮き出てくる、ちよっとした人の内面のエロスや怖さが堪能できる贅沢なドラマ。
向田邦子X久世光彦スペシャルドラマ傑作選(昭和57年~昭和62年)BOX [DVD]
向田&久世の強力な顔合わせ、そして向田さんの男女の世界観を表現するのにピッタリの女優・田中裕子さんに出会う初期作品(6作品の内の2作品)が納められている。昭和初期の正月風景そして小林亜星さんの音楽と黒柳徹子さんのナレーションがドラマの骨格をさらにしっかりと固めている。
田中裕子さんの美しさが際立ってました。
向田邦子 久世光彦 終戦記念BOX [DVD]
3月2日に急逝された久世光彦さんが演出された、終戦記念ドラマシリーズです。
久世さんが手がけられたこのドラマシリーズでは、戦争はあくまで背景として描かれていて、ここでも主役は「家族の日常」です。
戦時下でも変わらない心のふれあいと微妙なずれが、久世さん独特の美意識によって色彩豊かに描かれています。
このシリーズで一番印象に残っているのは、「蛍の宿」のラストシーンです。
戦争が終わった日の午後、まばゆいばかりに輝く海に向かって末娘役の田畑智子さんが砂浜を駆けて行くシーンは鮮烈でした。
「いつか見た青い空」のラストのナレーションも感動的でした。
・・・・・あの日の空は青かったと誰もが言います。何かが終わったのか、それともこれからはじまるのか、私にはよくわかりませんでした。私たちは四人で青い空を見ていました。いつまでも、いつまでも・・・・・。
ナレーターの黒柳徹子さんは読みながら声をつまらせ、涙を流されたそうです。
戦争を体験された世代としては、久世さんの世代が最後になるのでしょう。
戦時下の人々の暮らしを身近な日常として描くことは、後の世代の作家には出来ないことです。
そういう意味でも、この作品が素敵な装丁のDVDとして残されることを嬉しく思います。
あらためて、久世光彦さんのご冥福をお祈りします。
そして、ありがとうございました。