バッハ:ゴールドベルク変奏曲
王道というにふさわしい演奏だと思います。
たぶんすべての演奏家がこのヴァルヒャの演奏を聴き、自分の演奏を完成させていくのではないかと想像します。
王道であり、原点の演奏がここに感じられます。
確かなテクニックに裏付けされた安定した演奏の上に、ハープシコードでありながらピアノ以上の表現力を感じます。
ピアノだとアップテンポの曲が華々しく演奏され、対照的にスローな部分がどうしても地味になってしまいますが、ヴァルヒャの演奏はどれも華麗でなかだるみを感じさせません。
ピアノでは音符が多すぎて処理しきれない感が多い14番目の変奏曲も自然な感じで演奏しています。
半世紀も前の演奏でありながら、ヴァルヒャの演奏を録音した技術者の努力により、彼の演奏はオルガンを含めて驚くほど澄んだ音で記録されており、音の深みを感じさせてくれます。
バッハ:オルガン名曲集
オリジナル楽器全盛の現在、いまや忘れられつつある盲目のオルガニスト、ヴァルヒャのバッハです。
非常に地味です。コープマンあたりの生き生きとした演奏に比べて色彩感に乏しいので、ちょっと聴いただけでは魅力を感じない方も多いと思います。
でもこのパッサカリアはぜひじっくり聴いて下さい。重く静かに始まる低音主題、おずおずと遠慮がちに乗せられる第一変奏。今風の演奏に慣れた耳には「何これ?」と聞こえることでしょう。
しかし曲はいつしか壮大な高みに登りつめていきます。クライマックスで渾身の悲しみをこめて歌われる第1主題がなんと美しい響き!
この曲の「気高い精神性」を深く表現した名演だと思います。
Organ Works
ヘルムート・ヴァルヒャが1956-1970年にかけてアルクマール聖ローレンス教会シュニットガー・オルガンとストラスブール聖ピエール・ル・ジュヌ教会ジルバーマン・オルガンを使用し録音した『バッハ オルガン作品全集』の第二回目の録音である。ステレオ録音。
演奏は、地味な演奏であり「正統的」な演奏である。装飾音などをたくさん入れず、楽譜に書いてある音を忠実に演奏する。今日の「即興的」演奏を聞き慣れている人は物足りなく思う人もいるだろう。
しかし、この録音はその点を差し引いても十分価値のある演奏だ。また、僕は、このヴァルヒャ盤が現時点での『バッハ オルガン作品全集』の最高演奏と思っている。
即興的な演奏があまり好きではない僕にはちょうど良いという理由もあるのだが、今日聞かれるいくらかの「伸び」のある演奏とは対照的に、集中力を微塵も崩さずたんたんとイン・テンポで進んでいく。だからといって、リヒターのようなアグレッシブな演奏をするわけではなく、かなり整頓された演奏をする。荒い演奏も少しあるけれども、バッハの音楽にひたむきに「奉仕」する演奏である。
ストップもよく考えられており、美しい。
また、この盤には『フーガの技法』の未完成のフーガをヴァルヒャ自身が補筆して完成させた演奏も含まれている。作曲家ヴァルヒャの技法も少しではあるが聞くことが出来る。
バッハ:2声のインヴェンションBWV.772~786、3声のシンフォニアBWV.787~801
ヴァルヒャほどバッハの意図する音楽を忠実に再現すべく努力した演奏家は稀だ。その飾り気のないシンプルな解釈で各声部の進行と曲の構造を極めて明瞭に感知させ、それを阻害するような一切の恣意的な要素を避けた掛け値なしの真摯な表現が最大の特徴だろう。
バッハはこの二つの小曲集で初心者が対位法のそれぞれの声部を明確に弾き分ける為の指の独立性の修練と、ひいては作曲の為のヒントとして主題とその展開への模範例を示し、2声と3声の様々な調性で学べるように工夫した。しかしヴァルヒャの演奏は決してそうした教育的な側面を強調したものではなく、ひとつひとつの曲に精彩に富んだ音楽的な生気を吹き込み、控えめではあるがストップを使って気の利いた個性を与えている。それはバッハの考えていた、優れた教材は同時に優れた芸術作品でなければならないという哲学を具現しているからだ。
ヴァルヒャは58年から62年にかけてバッハのチェンバロ・ソロの為に書かれた作品を集中的に録音した。ちなみにこのインヴェンションとシンフォニアは61年、彼が54歳の時のもので、当時使用された楽器は総てユルゲン・アンマー社のモダン・チェンバロだ。古楽研究の黎明期でもあり、古楽器を修復して実際の演奏に使うことがまだ一般的ではなかった時代には、やむを得なかったことが想像されるが、それでも柔らかで潤沢な響きを持ち、表現力に富んだこの楽器を選んだことは彼の秀でた感性を証明している。
尚このCDは新たに24bitリマスターされたものでヴァルヒャのシリーズでは『ゴールトベルク変奏曲』に続く2枚目で、全くノイズのない澄んだ音色が堪能できる。