等伯 〈下〉
日経新聞の連載の時から愛読してました。上下ともに購入しました。一気に読了して、とてもすがすがしい気持ちにさせてくれる作品でした。波瀾万丈の等伯の半生ですが、そこに時代の覇者の信長や秀吉を配し、家族の絆、日蓮宗の関連(絵の背景にある宗教性)などを絡め、真実を書き写すためにはどのような犠牲もいとわないという絵師のサガ(性)の苦悩も描き込みながら壮大なスケールで物語が展開します。本能寺の信長横死の背景も出てきたり、歴史と一個人の絡みもおもしろい。しかし、基本にあるのは人はどう生きるべきか、という作者の熱い思いのように感じられます。常にあるのは真実に対する謙虚な姿勢と権力や暴力に対する怒りでしょうか。同じ作者の正成と道誉もいい本でした。こちらもお勧め。
レオン氏郷(うじさと)
いつも安部龍太郎の作品は自分が持つ歴史観を変えてくれる。彼の作り上げた氏郷の人間性も独特で面白い。
秀吉による竹ヶ鼻城攻め(小牧・長久手の戦い)のところでは、備中高松城と同じ水攻めを行ったのだが、巨大な堤防を僅か5〜6日で築けたのは、既に西洋から幾何学を利用した三角測量法が伝わっていてそれを利用したことを初めて知った。
蒲生家が近江日野にあったので近江商人を通じた経済観念が強く氏郷に植えつけられていて、伊勢松坂に城下町を築く際に貿易を優位に行える様に有力商家の誘致・町割りを行ったことや楽市楽座の導入、徳政令の未来永劫廃止といった政策を実行したことが氏郷に対する今までのイメージと違うところであった。
その伊勢松坂で氏郷はローマ法王への使節を派遣した歴史的事実は衝撃的だった。彼のカトリックへの信仰の篤さも尋常でなかっただろうし、新しい文化・学問を取り入れようと様々な分野で才能のある家臣を選抜し派遣したというのは、非常に貪欲な彼の一面を見たようであった。
蒲生家が伊勢松坂12万石から陸奥会津42万石に移封されたものの実質は減収であったことにはびっくりした。新領地が全く内陸であったために松坂で行った貿易が出来なくなってしまったためである。
一番大きく歴史観を変えてくれたのは秀吉の朝鮮出兵に対するもの。日本国内で軍事的優位性を構築するには鉄砲に欠かせない硝石・鉛の輸入を独占することが必要で、明を植民地に加えたいイスパニア(ポルトガルは1580年に併合)に協力する必要があった。秀吉の朝鮮出兵(文禄の役: 1592年)はイスパニアが明攻撃を行う為の先兵となったこと。ところがイスパニアに梯子を外された形になってしまった。イスパニアの無敵艦隊が1588年のアルマダの海戦で英国に完敗しており、喪失した制海権を取り戻せず明攻撃が行える体制ではなかった。
ほかにも面白い点が多々あるのだが書き過ぎるのは良くないのでここまでとしたい。