おんなの細道 濡れた海峡 [VHS]
2000年に亡くなった田中小実昌、通称コミさんは『ポロポロ』で谷崎賞を受賞した小説家でしたが、一般にはテレビ番組に登場した印象からストリップ小屋の座付作家ぐらいにしか思われていなかったのではないでしょうか。
『濡れた海峡』の主人公は若き日のコミさんを彷彿とさせる歌手の三上寛が演じていて、まるっきり演技はしてはいませんが、便所にしゃがんでポロポロつぶやいている様子は、うらぶれたコミさんの小説の感じがよく出ています。女性たちは山口小夜子、桐谷夏子、小川惠の三人とも素晴らしく魅力的です。石橋蓮司の相手役を演じている桐谷夏子は、石橋の実際の奥さん、緑魔子をふっくらにしたような女性なのがなんだかオカシイ。
東北地方(岩手県あたり)の貧しい漁村や地方の田舎町を漂白する一種のロードムービーで、徹底的に金持ちは出てきません。70年代の一部のピンク映画にもあった「うらぶれ感」がいっぱいです。
キネマ旬報でも評価が高かった作品で、VHSもシネスコ・サイズなのはあり難いですが、ぜひDVD化して欲しいですね。
追記:2012年12月、とうとうDVDが発売になります。
上陸 (河出文庫)
この文庫は、初期に同人誌などに発表していた短編を集めたもの。
>まだ生きている僕には、(..略)蛆はわいていない。
こんな書き出しの「赤鬼が出てくる芝居」が小実昌節のハシリのようで、思い切り感動してしまった。コミさんの大事なネタである「兵隊もの」だけれど、生な描写のなかに、芝居気があふれかえっていて楽しい。
登場人物が芝居をするだけでなく、語り手も相当に芝居しているのにも注目。たとえば、
>あの時、走っていた僕は、どうも芝居をしていたのではないらしい。とすると、僕は何をしていたのだろう。
こんな語り口、語り手自身の自問というのもコミマサの世界の特徴だ。それが1955年という頃にすでに登場しているのだから嬉しい発見だ。「ポロポロ」あたりになると、そうした物語への懐疑がストレートに出すぎて、「もういいよ」という気分にもなるのだが、初期の、まだ題材にのめりこむ形で文の上手さが伝わるこの頃のが一番素直に読める。
いや、「ポロポロ」の純文学風の構成も立派なものではある。ただし、アタマで謎かけしておいて客を集め、バイが終われば謎を引っ込める、というのは香具師の定石だろう。それが格調高い物語に出てしまっては、ちょっといやだなと思う。
香具師の話なら「香具師の旅」など傑作が思い浮かぶけれども、ここに収録されている「やくざアルバイト」などほとんどエッセイだが、やはり滑らかで人懐こい語り口が楽しい。
戦後ものの「上陸」はハードボイルド調の秀作。英語にして読んでも楽しいだろうな。 書こうとする景色に対する視力が段違いなんだ。ヘミングウェイ勉強するよりタメになること請け合い!
ポロポロ (河出文庫)
教会とか戦争の話というと、教訓をひきだしたりとかそっちにいきがちだけど、あえて無意味系でかいてる、という解説が付いている。
戦争にいっても「あまり記憶がない」「大したことがなかった」とか。
牧師も「なにいってるのかわからない」、(ポロポロ)はパウロのなんとか……という意味のことをいってるんだけど、現地の日本人にはあまり意味が通じていない。ラテン語
と方言のまじったような「言葉にならない祈りをささげている」んだとか、黒ミサみたいな儀式系。
けっこういろんなところでとりあげられてるので隠れた名作らしい
長いこと絶版になっていたんだとか。
昔みたレイテ島戦記みたいなのとぜんぜんちがいます。戦争もので有名なのは、そういう悲惨系(部隊によってちがうだろうけど。
これはかなり毛色が違う。
2000年に亡くなった田中小実昌、通称コミさんは『ポロポロ』で谷崎賞を受賞した小説家でしたが、一般にはテレビ番組に登場した印象からストリップ小屋の座付作家ぐらいにしか思われていなかったのではないでしょうか。
『濡れた海峡』の主人公は若き日のコミさんを彷彿とさせる歌手の三上寛が演じていて、まるっきり演技はしてはいませんが、便所にしゃがんでポロポロつぶやいている様子は、うらぶれたコミさんの小説の感じがよく出ています。女性たちは山口小夜子、桐谷夏子、小川惠の三人とも素晴らしく魅力的です。石橋蓮司の相手役を演じている桐谷夏子は、石橋の実際の奥さん、緑魔子をふっくらにしたような女性なのがなんだかオカシイ。
東北地方(岩手県あたり)の貧しい漁村や地方の田舎町を漂白する一種のロードムービーで、徹底的に金持ちは出てきません。70年代の一部のピンク映画にもあった「うらぶれ感」がいっぱいです。
キネマ旬報でも評価が高かった作品で、VHSもシネスコ・サイズなのはあり難いですが、ぜひDVD化して欲しいですね。
追記:2012年12月、とうとうDVDが発売になります。
自動巻時計の一日 (河出文庫)
ロッカー・ルームは、いつもとおんなじだ。
これは、たぶん、このおれが、いつもとおんなじだからだろう。
田中 小実昌は、毎日が続いていく様を、その中の一日を、
こんな風にとくに思い入れも無く、淡々と順序通りに書いていく。
ただあるがままの生活
自分にも他人にも人生にも、
多くを求めたりはしない。不満を言ったりもしない。
目の色をかえてがんばったり、ひどく落ち込んで見せたりもしない。
ケセラセラ、そんな本。
こんな本は他の人には書けないと思わせる、奇異なる才能。