ホメロス オデュッセイア〈上〉 (岩波文庫)
「イリアス」と共にホメロスの有名な作品です。トロイの木馬作戦の発案者であるギリシャの英雄オデュッセウスが主人公で、トロイ戦争に勝利した後様々な苦難を経て故国に帰るという話。
ところでこの話はジェイムズ・ジョイスが「ユリシーズ」という小説の神話的粋組みに使ったことでも有名です。ユリシーズというのはオデュッセウスのラテン名ウリッセースの英語読みです。ジョイスは「ユリシーズ」の話の展開を、「オデュッセイア」のそれと逐一適応させていて、例えば英雄オデュッセウスに対応するのは冴えない中年男のブルームで、オデュッセウスの息子テレマコスは文学青年スティーブンです。このパロディは本当に面白くて、例えば「オデュッセイア」ではオデュッセウスが他国のお姫様に命を救われるシーンがありますが、それが「ユリシーズ」ではブルームが少女にスカートの中を見せてもらうだけです。そんなパロディが至る所に見受けられるので、「オデュッセイア」を読んだら「ユリシーズ」も読んでみるのもいいと思います。
霧の中の風景 Blu-ray
アンゲロプロスは新作が出る度に映画館へ見に行った。けっこうがっかりすることもあったのだけれど、それでも通ったのはこの「霧の中の風景」が大好きだからに他ならない。
子どもたちがあまりに可愛らしくてあまりに可哀想で、ある意味ずるいくらい泣かせる要素がてんこ盛りである。でもそれがクサくならないのは、映像の美しさと、もう一つは子どもたちのリアリティだろう。子どもってものすごくガンコだし頭いいし時にはずるかったりもするけれど、大人の社会ではやっぱり弱者だし、ある種の他者なのだと思う。その辺りの切ないありさまがとてもよく描けている気がして好きなのである。
ブルーレイのマスタリングもなかなか頑張っていて、以前のDVD全集よりずっといい。アンゲロプロス独特の湿度とひんやりした感じが伝わってくる。
ところでアンゲロプロスの新作は誰かが引き継いで完成させてくれるのだろうか。せめて最後の「三部作」を仕上げてから逝って欲しかった。黙祷。それから第二部早く公開して。
イリアス〈上〉 (岩波文庫)
急に「オデュッセイア」を読むことになり、上巻まで読んだところで、
オデュッセウスが流浪の身となった原因が気になって、「イリアス」に返りました。
両書とも学生時代に、必要にかられて読んだことはあったのですが、
内容についてはうろ覚えで、しかしややぼんやりと、
「自分にはあまり馴染まなかった」という感触もありました。
再読して、さすがに歴史上最も長く語り継がれてきた古典のおもしろさは感じました。
が、恥ずかしいことにやっぱり自分には、若干の「馴染まない感」が否めません。
たぶん、自分が「戦記物」を読む習慣がないことに起因するんじゃないかとも思うのですが。
現代に残る最も古い(口承)文芸が「戦記」であること、それによる民族の歴史の構築、さらに
人間が本来もっているかもしれない「好戦性」などについても、考えさせられました。
イリアス〈下〉 (岩波文庫)
人間にとって戦争は本能なのかもしれない。理性は本能に勝てない。それがヒトという雑食性哺乳類の、種としての限界であるなら、戦争も虐殺も、それこそ神慮の成せる業として、諦めざるを得ないのかもしれない。
下巻もまた戦闘場面が満載され、残酷な描写がこれでもかと反復される。表現がステレオタイプであるため、読み進むうちインパクトは次第に薄れる。しかし、文面どおり映像化した戦場は、凄惨で見るに耐えないだろうと思う。そしてこれが肉弾戦の現実であることは容易に想像できる。もちろん、近代戦がより人道的である筈もない。
兵士にとって戦闘とは、如何に大義があっても殺し合いに他ならないのだということを、高々70年足らずの非戦によって想像できなくなった事実こそが、日本人の「平和ぼけ」なのである。戦争に行くのはどこかの誰かではなく、自分や自分の親族であるかもしれないことにさえ、想像が及ばない日本人。ネット上のつぶやきを読んで、あまりの愚かさに私はしばしば呆然となる。少数派の暴言には違いない。しかしこれらが時代の空気を作り、そして大衆は空気に流されるのだ。たとえば今や多数を占める改憲派政治家の真意(改憲で何をしたいのか)すら洞察できない国民は、安酒に酔ったままレミングのような行進を続け、崖から落ちて初めて気付くのだろう。似たようなことが少なくとも数千年間、性懲りもなく繰り返されてきたのだ。平和な国・日本はあと20年で終わる、と私は見ている。
「戦いだ!」と取っ組み合って遊ぶ小さい子どもたち。「僕の仕事の原動力は、言うなれば闘争本能ですわ」と言い放つ人。戦闘が主題のまんが、アニメ、ゲーム。各々に罪はない。しかしこれらは疑似戦闘行為、本能の転化である。神々はトロイ戦争で英雄たちをほぼ全滅させた。どうせなら闘争本能自体を滅ぼしてくれたら、人間は進歩もしないかわりに、おぞましい行為を繰り返さずに済んだかもしれないのに。
The Iliad of Homer (Phoenix Books)
米国でIliad といえばこの人、と長らく称えられたリッチモンド・ラティモア教授によるイリアス英訳版です。
初出が1951年ということで、古めかしい表現も多々ありますが、私のようにけして語学堪能といえない者にも、辞書を引き引き何とかなる(と思わせる)内容になっています。
また、各段に「○○行目」の数字が振られているので、邦訳版と引き比べて、微妙な言葉選びの違いなどをチェックしてみるのも面白いかもしれません。
個人的には、Achilles(通常、英語表記はこっち)が Achilleus になっているのが、ちょっと違和感がありましたが。
ラティモア先生のこだわり?
Of possessions
cattle and fat sheep are things to be had for the lifting
and tripods can be won, and the tawny high heads of horses,
but a man's life cannot come back again, it cannot be lifted
nor captured by force, once it has crossed the teeth's barrier.
生命、死、名誉、恥、誇り…etc、人間の全ては3000年前から少しも変らず、なのに、人は歴史から何も学ばないということがよくわかる世界最古の文学です。