北村薫が集めた短編集はいつも楽しい。今回も昭和初期の作家の短編集で、当時の様子がよく分かるし、相当昔の話のはずなのに、登場人物の人情の機微に振れることが出来るものばかりだ。
もっとも、『名短編』という題名から、短編のベスト版と思って読むと少し期待とは違うかもしれない。作風に多様性を感じるし、個々の作品から色々なものを感じはするけど、これぞ短編のベストといわれると少し違和感がある。やっぱり、今までの短編集のようにテーマを絞った方がよいのじゃなかろうか?
また、宮部みゆきはホテルで対談に参加しているだけのように感じるのは気のせいでしょうか?題名と編者は見直してはいかが?
本書は、少女雑誌「少女の友」に昭和7年4月号〜12月号まで連載された作品を文庫化したものです。河出文庫から吉屋信子の少女小説が出るのは、「花物語」に次いで2番目となります。本書もまた、「花物語」にみられるように、吉屋信子の感性あふれる作品となっています。謹厳な学者を父に持つ個人主義者の牧子を中心に、ブルジョアの娘で自由奔放な陽子、戦死した軍人を父に持つ一枝の3人を中心に進んでいきます。連載当時の昭和7年という年代が、作品の所々に見え隠れして興味深いものがあります。たとえば、「肉弾三勇士」の話は女学生の間にも浸透していて、当時の世情を映し出しています。一方、宝塚歌劇団のスターや松竹歌劇団の水江瀧子など憧れのスターの話は今とあまり変わらないものもあります。 戦前の時代背景と当時の女学生の心の動きが楽しい作品です。
「徳川の夫人たち」が面白かったので「続‐」も購入しました。お万の方の人生を描いた「徳川の夫人たち」に比べ、こちらは歴代将軍の大奥に働く女性たちを中心に様々な主人公を描いて短編集のように進行します。ただ切れ切れに主人公が変わるのでなく、歴史の流れにそって話が途切れることなくすんなりと次の主人公に移行しますので、短編嫌いの私にも抵抗なく楽しめました。一人の人生をじっくりと読み込むのではありませんが、豊富な資料と周到な調査の上に、今までスポットの当たらなかった女性たちについて個性豊かに描かれている点は、面白かったです。ただやはり前作のような濃厚な物語を期待した方にはちょっぴり物足りなさを感じるかな、という点で星4つです。
大正時代の小説。復刻版。 乙女チックですが、詩的で、文章、物語が楽しめます。 やや自虐的な章子が、同じ寄宿舎の屋根裏部屋の隣人、美人でクールな秋津環に想いを寄せる物語。 なお、監修は嶽本野ばらです。註も面白いです。
<本文から。以下、長くなりますが、こういった文章も美しく思います>
(屋根裏) この一つの語彙のうちに、章子は溢れるような豊富な、新鮮な、そして朦朧とした幽暗と、そして(未知)に彩られた奇怪と驚異と、幼稚な臆病な好奇心と――の張り切れるほどいっぱいに盛り上げられて充満しているのをその一刹那から感じた。その観念の前に(屋根裏)の語音は、非常に魅力ある巧みな美しい響きを伝えるものとなった、そして美と憧憬とを含んで包む象徴的の韻を踏ませてゆくのものとなった。 たとえば、(薔薇の花)――(珊瑚樹)――(初恋)――(・・・・・・)・・・・・ ああ、若者達の多くの幻想を寄せるに、ふさわしいこのあまたの数々の抒情詩集の中から引き抜かれた言句にも優って更に深くつよく若い心をき乱す如き心憎くも幽遠な響と感じを発するものと――章子にはなったので。(本文から)
是非、大正時代の日本の良さ?を感じましょう。
霊的存在を死者と見立てる場合、二類型になってしまう、と思った。
一つは、花が咲く/枯れる、提灯の火が点く/消えるなどということとシンクロして現象としてははっきりとその神秘さが感じられ理解されるのに、それがはっきりと死者の人格を保っているわけではないということである。
もう一つは、人格的個性ははっきりとしているのに、名前が出てこない、在る事、存在することは判っているのに、それがどのようなものでどのように在るか、を説明し言葉にしようとするとなかなかできずに、そういう者としてしか表現できないということだ。
これは、霊的存在が実際、死者ではないということを示しているのかもしれない。が、勿論、死者との距離がそういうものでしかないというだけのことかもしれない。
こういう短編集を編むということは、普通の書籍にはない編者の才覚から蒐集力までが存分に発揮されることから、著者とは別に編者が前面に出て来ざるを得ないことも本企画を面白くしている点の一つであろう。
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